懐かしいアナグラ
「シモンが……シモンが何処にも居ないのっ!!」
息を切らして駆け込んで来たヨーコの様子が、ロシウには新鮮な光景に見えて、思わず笑みが零れてしまった。
「ちょっと、ロシウ!あんた何笑ってるのよっ!?」
「いえ、天下のヨーコさんがこんなに慌てるなんて…と思いましてね」
少し前にふらふらと倒れる様に自室へと向かったシモンが居ないのだから、慌てるのも無理は無いだろう。
長時間書類の山に囲まれ、その後グレンラガンで
星の数程の敵を相手にして帰ってきたのが数分前。疲労が限界を達したのか、ニアやリーロンの声にも
気付かずこの場を後にした。シモン自らが起きてくるまで、こちらからは決して手も口も出さないと
誓ったのに、直後リーダーの意見を得たい事柄が浮かび上がってしまった。手の放せないロシウに変わり、
呼びに行ったヨーコの帰ってきた姿がこれだ。
「あの身体で動き回ってたら、何処かで倒れちゃうわよ!」
必死なヨーコには申し訳ないが、ロシウは周囲から流れる情報を遮断して、自分の頭を回転させた。
部屋に居る筈の人物が居ない。
覚えがある。
以前自分も似たような経験をした。
記憶を探ると、ロシウは一つの結論に辿り着いた。
「いえ、多分自室に居ますよ」
「……で、でも居なかったのに」
「見れば分かりますから」
きっとヨーコは驚くだろう。その後に笑うか、
それとも切なくなるか……彼女はどちらの反応を見せるだろうか。
その場の団員に指示を与えると、ロシウはヨーコを連れて船長室へと訪れた。
真っ暗な部屋にドアから光が射し込むと、主の姿が見当たらないベッドがよく見える。
ほれ見たことか…というヨーコの無言の視線を受け、ロシウは苦笑しながらもベッドに近づくと、
這い蹲ってその下を覗き込んだ。
「ちょっとロシウ、何やってるのよっ!?」
大グレン団リーダーの右腕として腕を振るうロシウの、まさかこんな姿を拝めるとは思わなかっただろう。
驚いてばかりいるヨーコの気配を感じながらも、手を伸ばすロシウの先には、
この世で知らぬ者無しという男の姿があった。
「居ましたよシモンさん、ベッドの下に」
「嘘っ!?」
慌てて覗き込むヨーコの目には暗闇しか映らなかったのだろう。手を伸ばして、彼女は初めて
自分達の頼る存在を確認した筈だ。眉を顰めたまま動かないヨーコを見て、ロシウは自分が初めてこの男を
見つけた時と同じ反応だと思った。
「ねぇ、ロシウ……何で、こんな…所に」
自分から入った。
そんな簡単な事は誰にでも分かる。何故入ったか、無理に入っているのか、好んで入っているのか、
何故そうしようと思ったのか……何が彼を此処へ追い込むのか。ヨーコが知りたいのは、
自分が今まで聞けなかった事だった。
「聞いた事は無いですね、本人に聞くのが一番良いんじゃないですか?」
「……それもそうね」
一瞬の、間。
直後。
鈍い音が狭い部屋に響き渡ると共に、ベッドが軽く跳ね上がった。
「痛たたったたたたたたた痛い痛い痛い本気で痛い!!!!」
「お早う、シモン」
ベッドの下から這い出てきたのは、自分の片頬を両手で押さえるシモンだった。
「お早うじゃないよヨーコ、起こすなら肩でも叩いてくれれば良いのに」
「だーって、何だか悔しかったんだもの」
「何だよそれ」
やはりヨーコもこの状況を笑うだけで済ませられないらしい。変わりにロシウは笑った。
この場が少しでも和むようにと、笑った。
「ロシウが付いていながら、何て状況なんだよ」
「済みませんね、ヨーコさんが聞きたい事があるそうですよ」
自分の要件を棚に上げて、発言の場をヨーコに譲った。ヨーコが気になる事は自分が気になる事であるというのに、
ロシウ自身には正面から尋ねる勇気など無かったのだ。
何て卑怯なのだろう。
そう思いながらも、訂正は出来なかった。
「臆病者」
掛けられた言葉に心臓が跳ね上がった。
だが内から沸き上がる感情は、心の中を全て見透かされてしまったのではないかという
恐怖だけではなく、自分を分かってくれたという小さな快感もである。歪んだ自分が恐ろしい。
正面を見ると、不適な笑みを浮かべたシモンがロシウを見下ろしていた。
この、人を射る眼。
この眼に。
自分は心底惹かれている。
「聞かれたら教えたのにな……でもまぁ、愛されてるって事で、免除!」
「二人とも、何の話をしてるのよ…」
「俺はロシウに愛されてるみたいだから、ロシウの臆病な所は許そうかと思って」
確実に、見透かされている。
自分が彼を知りたいのだと、嫌われたく無くて聞けないのだと、傷付けたく無くて聞けないのだと。
「もちろんヨーコにも愛されてて嬉しいから」
「ふーん、まぁ良いわ」
興味を持たない素振りのヨーコに、ロシウは安堵した。これ以上仲間に醜い部分を見せたくない。
「シモン。あんた、何でこんな所で寝てるのよ」
ヨーコの言葉はストレートだった。
「……ジーハ村の穴蔵が、こんな感じなんだよ」
ジーハ村。
シモンと、カミナの育った村。
「少し……だけ、安心するんだ」
村に居た時は、落盤に恐れながら過ごしていたと聞いた。
それが今では安堵さえ与えるようになったのだから、大きな変化だろう。
「カミ……ううん、何でもない」
口を開いたものの、直ぐに閉じてしまった。だかヨーコが発した二文字で、彼女の考えは理解出来る。
感じた事は、自分と同じ内容らしい。
ジーハ村には、カミナが居た。
それがシモンの、最大の安堵なのだ。
「いやほら、少しだけ……頼ろうかなーと思って」
頼るのは、彼の中の思い出か……それとも彼の生み出す幻影か。
「バッカみたい!シモン、次に誰か頼りたくなったら、私を頼りなさいよ!
一緒に寝てあげるわ、あいつなんかより……ずっと抱き心地良いに決まってるもの!」
呆気にとられた。
これが、ヨーコの強さだ。
「あっはっはっはははははは!分かった分かった!いやぁ、俺愛されてるなぁ!」
「当たり前でしょう!シモンを愛さない仲間なんて居やしないわよ!」
こんなにも堂々と愛を語る組織も珍しいと思いながらも、ヨーコの意見には同感だった。
皆、シモンを慕っている。恋慕する者も多い。
その強さ、外見、性格、そして一部の仲間だけが知るその弱ささえも……全てが愛おしい。
それが、大グレン団を率いるシモンという男。
「ヨーコ、眠い。疲れたんだ、そろそろ解放してくれないか」
「私の添い寝は必要かしら?」
「元気出たから大丈夫」
「あらそう、残念ね」
立ち上がると、ヨーコは「またね」と一言告げて部屋を出ていった。残された自分はどうすれば良いのか
一瞬分からなくなる。
「ロシウ」
「はい、何ですか」
「お前の慎重さを臆病と言った事を謝る」
こんな自分でさえ尊重する彼は、まさに傑物だ。
全く持って適わない。
「お前の慎重さに、どれだけ救われてきたか」
「買いかぶりでしょう、そんなに良いものじゃありません。
今は何も気にせず休んで下さい……シモンさん」
シモンがベッドの上に潜り込んだのを確認すると、ロシウは部屋を出ようとした。
「ロシウー」
もごもごと、丸くなったシモンから声が掛けられた。
「俺もロシウの事愛してるからー」
愛の意味が違うくせに、この身体は芯から熱くなる。
言葉を選ぼうにも纏まらず、この場に立っていても仕方が無いので、無言のまま立ち去った。
シモンに仕事を持ってきたというのに、結局何も言えなかった。
まぁ、起きてからでも良いだろう。
彼の一言で沸き上がった熱と混乱が、何故だろう……妙に心地良い。
シモンはカミナに教わった地上の空や天候に幸せを感じつつも、
ジーハ村での出来事も大切な思い出としてもらいたいです。
本気で疲れた時だけ、ベッドの下でくるまって寝てたりしたら良いなぁ。
2007,07,07
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