大切な仲間へ
大グレン団リーダーの自室へ、ここまで気兼ね無く自由に出入りする人間も、自分くらいのものだろう。
ヨーコは異性という事もあり、その点は若干配慮しているらしかった。
「シモンさん、机の上で寝ないで下さい。仕事は放り出したって誰も文句なんて言わないんですから、ベッド
の上で寝て下さいよ……」
リーダーを独り占めするかのようなこの位置を、自分が気に入っているのは誰もが気付いている。
シモンさん、貴方は気付いているのですか?
聞きたくても聞けない。
「あー……ロ、シウ?あ…あぁ俺、寝てたのか」
机から顔を離したシモンの下からは長四角のプレートと、それを削ったらしい粕とコアドリルが転がっていた。
……仕事してなかった。
まあ、その辺りはどうでもいい。今最も興味を抱くのは、その作りかけのプレートだった。
何を掘ってあるか気にはなったが、あまり詮索するのも良くないだろう……そう思って視線をシモンさんへと
向けようとした時。
見えてしまった。
名前。
名前だ。
名前が彫られている。
それも、見覚えの無い名前が。
自分の知らない人物が、シモンさんにこうも想われている。そう思うだけで、理不尽な不安と焦れったさに
苛まれた。ニアさん程では無いが、こう見えて自分もシモンさんの中の一番の座を狙っている。
「ロシウ、勘違いするなよ」
「……何です」
「ほら」
「………あ」
シモンさんは引き出しから、長四角のプレートを数枚取り出し並べた。机の上にあった作りかけの物とは違い、こ
ちらは名前同様、自分で彫ったであろう装飾も丁寧に施してあった。
「誰の名前です?」
名前が複数であるという事は、別にシモンさんの思い人……という訳では無いのだろう。彼の事となると
思想も性急になってしまう。
「ロシウ、見覚え無い?」
「何処かで見た気はするのですが……」
この口振り。
自分も知っていて当然の名前なのだろうか……しかし、思い出せない。
シモンさんは「まぁ仕方がないか」と言って苦笑いを浮かべた。
「大グレン団の仲間だ」
仲間。
プレートに、名前を書かれる必要の有る、仲間。
何故、彼がこんな物を作るのか。
分かった。
すぐに。
「……嗚呼。副リーダー失格ですね」
大グレン団。
「いや、まぁ。仕方ないんじゃないかな」
巨大な組織故に、把握出来ない団員達。自分は一般団員全員の名前など覚えていないというのに。
「このプレートは、何時頃から作り始めたんですか?」
「最初の頃からさ」
「ではプレートの数は随分多いのでしょうね」
「ああ、その棚にある引き出し全部にも入ってるぞ」
シモンさんの自室には、物が少ない。
その分部屋にある引き出しの中にはぎっしりと、手製のプレートが入っているのだろう。
部屋に入った部外者が、一瞬見ただけでは分からないように。
「カミナさんの名前も、何処かにあるんですか?」
禁句かもしれない。
それでも、聞きたかった。
答えなんて分かっている、それでも、聞きたかった。
「……一番綺麗で丁寧な装飾に仕上げたよ」
嗚呼、やはりそうなのか。
予想は、確信へと変わった。
「石像はさ、俺そんなに才能は無かったけど……こういうのは結構上手くないか?」
「そうですね、素晴らしい腕前だと思います」
カミナさんの死去後、精神的な衝撃を受けたシモンさんが、カミナさんの石像を何十体も彫った事があった。
皆不格好ではあったが、全てにカミナさんへの想いを感じたのを覚えている。
プレート本体も、自分で彫ったのだろう。石像よりも難易度の低いプレートを何年もの間作り続け、
今のような誇らしい程の実力が身に付いたらしい。
案外石像も、作り続けたら上手くなるのではないだろうか。
「シモンさん」
「ん?」
「……その」
「死んだらの話は聞かないから」
この反応は……仲間としてで良い、それでも彼から愛されていると感じても構わないのだろうか。
「死んだ仲間の名前を彫る……これは俺の好きにやってる事だ。他人の意思は受け付けない」
自分に何かあった場合は、是非「ロシウ」の名前の入ったプレートを作ってもらいたい。
そう言おうとした矢先に受けた、拒絶の反応。
他界した時の話を生きている今語るな、死ぬ事を考えるな……そういう事だろう。
不器用な思いやりが、こんなにも嬉しい。
思い込みだろうか。
勘違いだろうか。
それでも良い。
感じる。
彼に、愛されていると。
「あー、でも少し寂しい事があるな」
「何です?」
「俺のプレートは絶対に生まれない」
作り手が他界すれば、作品は生まれない。
カミナさんのプレートの隣には、もしかしたら彼の分のスペースが空いているのかもしれない。
想像上の特等席にさえ、嫉妬する。
「心配無いですよ、貴方を決して……死なせませんから」
大グレン団の目的上、犠牲を最小限に留める事は出来ても、皆無にする事は出来ない。
それでも、貴方だけは死なせない。
死なせて、たまるものか。
「有り難う……ロシウ」
「どういたしまして」
貴方の愛に、答えます。
例えそれが、仲間としての愛でも。
シモンは団員全員の名前を把握してたりすると良いなと思います。
あまり接する機会の無い様な団員にも「可愛い俺の仲間」みたいに
思ってくれていたらなぁと!
2007,07,12
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