初めて分かる一面





 髪の毛に埃が付いてるぞ。
 そうキタンに言われたから、手を使わずに頭を振って落とそうとしたら、反則だから止めてくれと言われた。 何が反則か何となく分かったが、分からないふりをしておこう。
 愛されてるなと、実感する。
「なぁシモン、お前よお……」
「ん?何?」
「偶にベッドの下に潜り込んで寝てるんだってな」
「………………ニアに聞いたな」
 俺はふと、急に寂しくなったり、悲しくなったり、 泣きたくなったりする事がある。体調の悪さと共にそんな感情に呑まれると、俺は安堵を求めて ベッドの下へと逃げ込むんだ。昨日の夜もその衝動に襲われ、確かにベッドの下で体を縮めるように寝た。
 埃はその時髪についたんだろう。そういえばここ 数日部屋の掃除なんてしてないし、自室の掃除なんて誰にも頼まないので埃くらい積もってる筈だ。
「穴蔵が恋しいんだって?天下の大グレン団リーダーともあろう男が、情けねえ寝方してやがんだな!」
 俺は頭を巡らせる。
 今の俺は体調が芳しくない。頭は重く足取りも不安定だ、そしてその状態を隠しきれてはいない。
 からかうようなキタンの言葉は、彼の性格が鮮明に表れている。 だが今の言葉にはからかいではなく、第三者から見て明らかに元気の 無かった俺を励まそうという意思が介入しているとも取れる。 いや……もしかしたら何も考えず、純粋に笑いの種として言葉を投げかけたのかもしれない。
 この言葉の真意はどっちだ。
 頭が痛い。
「……おい、シモン。どうした?」
 キタンの表情と動作を見ろ。さっきの言葉のニュアンスはどうだった、発音と言葉の重点は何処に置かれていた。 観察しろ、大抵は分かる……何時もそうやって、他人の考えを読んでいるじゃないか。
 吐き気がする。
 どっちだ。
 キタンの表情が分からない……いや、表情は分かる。だがその表情がどういう感情を示しているのか、 俺自身の判断が着かない。外部からの情報は問題なく入ってくるというのに、 それを処理する俺の能力が欠落しているんだ。
 ぐらり、と。
 天地が逆転する。
 分からない。

「シモン!!!!」

 目の前が白く霞む。
 倒れるかと思ったが、途中で何かに支えられた。俺よりも遙かに堅い、随分と筋肉質な身体が羨ましい。 俺もこれくらいの力があれば、今よりも自分を誇れるだろうか。目が見えなくても分かる、 支えてくれたのはキタンだ。
 有り難う。
 それは声にならず、空気だけが漏れた。
「シモンしっかりしやがれ!!うぉおおっ、リッ、リーーロォオォオォオン!!!」
 頭の上で聞こえた耳を劈くような雄叫びに驚愕し、身体が一瞬硬直した直後、突然俺の身体が浮き上がった。
 抱き抱えられたんだ。
 これから医務室にでも連れて行ってくれるんだろうか。目線にぼやけるキタンの影を眺めながら、少 し気になる点が浮上した。
 俺は今、どうやって抱えられている?
 視覚と感覚が少しずつ戻り、頭の回転も随分と回復してきた。必死に今の現状を理解しようと 浮き上がった自分の身体を見て、蒼白した顔はさらに血の気を引かせた。
 そんな。
 これは。
 お姫様抱っこじゃないか。
 抗議しようとしたら、キタンが猛スピードで走り始めた。止まってくれキタン、俺がこんな格好でダイグレン 内を走り回ったら……いくら幹部エリアとはいえ、こんな格好を見られたら。
 恥ずかしい!
「シモンしっかりしろよ、俺が付いてんだかんな!!!」
 気持ちは有り難いし嬉しいんだが、こんな格好を見られるくらいなら自分で医務室まで行きたい。 しかもキタンは必死に俺を励ますもんだから、すでに擦れ違った仲間からは奇怪……いや、あれは嫉妬か? 兎に角、変な目で見られて恥ずかしい。
「……キ」
「シモン、俺が助けてやるからな!」
 俺が助けてやるからな。
 これは男に言う台詞じゃないだろう、それなのに……こんなにも嬉しいのはどうしてなんだ。 具合が悪い時に優しくされると案外簡単にぐらついてしまうと、以前倒れたヨーコの看病をしていた時に言われたのを 思い出した。あの時は冗談として受け止めていたが、実際に体験しないと分からない事も多いんだな。
 こういう事なのか。
 ちょっとした優しさが、嬉しくて堪らない。
「キ…タン」
 少し、言葉が出る。
「どうしたシモン!?辛いのかっ!?」
「今、のキタ…ン…すっげ、格好…良……」
「いいい今言うなよ今!病人相手じゃ手が出せねえだろーがっ!!」
 こんなにも素直になるなんて珍しいだろうと、自分でも思う。今まで俺は、キタンに優しくされるのが少し怖かった。
 キタンに、アニキの影を重ねてしまう事があるからだ。
 キタンはキタンで、アニキはアニキ。そう理解しているのに、 時折混合してしまう自分が情けなくて、二人に申し訳なくて……怖い。
 でも、今は。
 純粋に、キタンが格好良いと思う。



 医務室に運ばれた俺の元に、ニアやヨーコやロシウやギミーやダリーやブータや皆が皆、自分の仕事を放って 様子を見に来てくれた。こうして皆に手を差し出される俺は、幸せ者だ。
 それなのに、ただの軽い貧血で騒動を起こしてごめん。





キタシモが好きだと気が付きました!
マイナー!!

2007,07,14

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