全部が終わったら、どうする?
「宇宙も良いけど、全部終わったら地上に帰ろうな」
「……どうしたんですか一体」
今日中に片づけてしまいたい書類が一人では終わりそうにないので、ロシウに手伝ってもらいながら
文面と向き合っていた今、窓の無いこの自室で何故かふと実感した。
此処は、宇宙だと。
アニキは広い空を追い求めていたけど、地上へ出た瞬間から、関心はさらに高い場所にある月へと
向けられていた。その月へ、今は向かっている。
「俺さ、穴掘りたい」
数日後には敵の範囲内に突入する、そうなればもう書類だ何だと言っていられないだろう。それでも
今こうして好きでもない書類作業をしているのは、自分達の勝利を信じているからだ。
勝った後は、少しくらい仕事をさぼりたい。
「大グレン団のリーダーがその辺りで穴掘っていたら、団員も驚くでしょうね」
「お前……俺の数少ない趣味を馬鹿にしたな……」
「滅相もない、穴堀りシモンを一番理解しているのは誰だと思います?」
土は掘れるし、水も掘った。宇宙にも掘れる物はあるが、やはり作業をするなら地上が好きだ。
暗い地中から地上へ出でると眼前に広がる、壮大な蒼の色。あの広さと色は忘れられない、体験するには
やはり地上でなくては。
「やっぱ将来は穴掘りに携わる職に就きたいな」
「将来って……リーダー役も半分職種みたいなものじゃないですか」
「でもさ、きっと何時かは皆別かれるだろう?」
なあロシウ。
全部が終わったら。
お前も、自分のやりたい事を好きに出来るようになる。
そしたらお前は、自分の道を歩む為に、俺の元から離れていくんだろう?
「……シモンさん」
「アニキの大グレン団は目的を達成する、そしたら団員達にだって各々の目的や目標が生まれると思うんだ。
その時、この組織が足を引っ張る要因になって欲しくはないさ」
大グレン団の名前は世界に轟いて、今や知らぬ者は無い。
それだけで、俺は十分だ。
「アニキの目指した地上は、俺が全身全霊を掛けて守る」
「シモンさん」
「……何?」
書類に目を通していたロシウが笑いながら俺の襟を掴むと、一気に自分の方へ引き寄せた。力任せに引っ張られ、
俺はロシウの望むままに距離を縮めさせられる。こんな事をされるのは初めてだ。
苦しい。
ロシウの意外な行動に驚いていると、顔をさらに近づけさせられた。
「見くびってもらっては困りますね」
「なっ…ちょっ、ロッ…シ」
熱いロシウの息が俺の頬に当たる。
「貴方の右腕が、貴方の元を離れる日が訪れるだなんて……有り得ません」
今、何て言った?
その言葉を。
発しても。
良いのか。
ロシウ。
期待しても良いのか。
ずっと一緒に居られると。
「シモンさん、貴方は例え一人になっても大グレン団を続けるのでしょう?まあグレン団に改名す
るかもしれないですが」
手を離されて呼吸が楽になった。だがその後咽せ返る程ではないが、やはり急に気道が解放された事により、
普通の呼吸でさえ苦しい。深呼吸をして、やっと落ち着いてきた。
しかし驚いた、流石は俺の右腕。考えている内容が、ここまで正確に感じ取られているとは思わなかった。
「……その顔を見る限り、正解のようですね」
「あぁ、ああ。もう筒抜けだ」
「それにシモンさんは一人になりたがる事が多いのに、本当に一人になるのは嫌なんでしょう?」
「…………本っ当、筒抜けだな」
暗闇に一人で蹲るのは、怖い。
だけど周囲に仲間が居ると実感できれば。
その暗闇はどんなに安堵する空間へと変化する事か。
「まあ、大グレン団の解散なんて考えない事ですね。幹部も一般団員も、この組織を気に入っているんです。
早々離れる事は無いでしょう」
「……そうか、そうだな」
今後については、全てが終わった後に考えよう。
俺らしくもなく……緊張していたのかもしれない。
俺達は勝つ。
胸の内で反芻したら、簡単に実感が持ててきた。
「ロシウ、本当……」
「愛してる、ですか?有り難う御座います」
「……どういたしまして」
「付き合いも長いんです、もう動揺しませんよ」
それ見た事か。
そんな相手の態度と表情にちょっとした闘争心が芽生えたので、ロシウの顔を両手で掴んで、ギリギリまで顔を
近づけてやった。俺が目を細めるとロシウはその様子に若干動揺したらく、身体が強ばるのが分かる。
「愛してる」
見る間もなく赤く染まるロシウの様子に満足しながら、そろそろ良いかと
両手を離した瞬間……俺は抱き込まれた。
抵抗しようかどうしようか迷ったが、相手がロシウならこれ以上の進展は無いだろう。
何より俺も、少しはロシウの愛に応えたい。
どんなに成長しても、シモンの趣味は穴掘りであって欲しいです。
幼少時に培った職人魂は、シモンの要だと良いなぁと!
2007,07,17
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