暗い闇の底 3
「そこの二人。妙な動きを見せると、シモンさんがどうなるか保証は出来ませんので……気を付けて下さい」
俺を大切に想ってくれる二人への有効な牽制だ、言葉一つで相手の動きを抑えるロシウが流石で、
逆に何も出来ない自分が情けない。
愛されてるのは嬉しいが、こんな事で実感したくは無かった。
「ロシウ、お前何言ってんだよ……」
「見張りを昏倒させたと聞きました。無駄な争いはしたくないでしょう」
「何でお前がそんな事を言うんだよ!」
キタンの怒りを含んだ声はロシウの心を素通りして、背後に居る彼の部下に恐怖を呼び起こした。
しかし微動だにしないロシウを習い、鋭い目つきで無言の威圧をキタンに返した。
彼らをどうにかしないと、此処を出られない。
「シモンさん、元気になって何よりです」
「気遣い有り難う、まだ身体が痛くて堪らないよ」
「では、もう少し苦しんでいる姿が見られるんですね」
交わされる言葉の本質は、全てロシウに躱される。
俺の反論一つ一つがロシウの気分を高めるなら、無意味な言葉は発しないでおこうと思ったが、
その表情を伺う限り無言でさえもが心地良いような表情を浮かべている。
「ロシウ!何で総司令にこんな事すんだよ!」
「したいからですよ」
「何馬鹿な事言ってやがんだロシウ!」
「総司令を出して下さい!」
「おいロシウこの野郎がぁああっ!!」
背後の部下に手で指示を出すと、ロシウは硝子の扉を開けて俺の方へと近づいてきた。
何とか動けるとはいえ、余りにも本調子と言える状態ではない。
対処しなければ。
二人は俺を気遣って何も出来ない。
何とかしなければ。
「自分の名前を聞くのが、こんなにも不愉快だと思ったのは初めてですよ」
膝を着いた俺を見下げながら、ロシウは俺の頭のへと手を翳した。頭を撫でられるのかと思い
大きく切り振り払うと、接触した腕を逆に捕まれ引っ張られる。
「うわっ!」
無理矢理立たされ、さらにバランスをも崩された俺は、ロシウの方へ倒れるしかなかった。
「シモンさん、僕の名前を呼んでくれませんか?」
「嫌だ」
「あの二人の声では耳障りです、シモンさんに呼んでもらいたい」
捕まれた腕を引き抜こうとしたがロシウの力は案外強く、逆に腕の方が駄目になりそうだ。
「シモン!!」
「総司令っ!!」
「名前……呼んでくれませんか?」
懐へ倒れ込んだ俺を抱き留め、満足げに頭を撫で始めたロシウを見ると、
期待に膨らんだ眼差しと目が合った。
「キタン……愛してる」
瞬間……鈍い、音。
鈍い、衝撃。
目の前の風景が変わる。
眼前近くに地面が有る。
左頬が痛い。
口の中がまた切れたみたいだ。
火を吐きそうな程に熱い。
熱い。
「がっ……はっ!」
嗚呼俺は殴られたんだ、と……理解したのは地面に垂れた血を見てからだった。
相変わらず片腕はロシウに捕まれているので、だらしなくぶら下がっては、自分の口から流れる
血をぼんやりと眺めていた。
頭が回って思考が定まらない。
俺は何をしているんだ?
「シモォォォオンッ!!!!!!」
「ロシウ何すんだよお前っ!!!!」
「僕はシモンさんに何をしても良いんですよ」
何を言っているのか理解が出来ない。
俺に対して俺を自由に出来るのは俺だけだ、俺以外の何者でもない。それなのに何故、俺の所有権を
誇示するのが俺ではないんだ。
「シモンさんは……僕が殺そうと思えば、すぐに殺す事が出来ます。二人にとってそれは
困るでしょう?」
「手前ぇえ!」
「汚れた目でシモンさんを見ないで下さい」
「……ロシウ、気付いて……キタン、抑えないと総司令が本気で危ない…!」
「くっそ!」
俺を所有するのは誰だ。
苦しくて頭が回らない。
俺は俺だ。
俺を奪うな。
「口……また汚れてますね」
顎を無理矢理に上げられ、霞んだ視界にロシウの近づく気配を感じた。
暫く前にも同じ光景を見たというのに、今も払い除ける力が出ない。
あの時は真っ黒だった。
今の視界は、真っ白だ。
「…ぅ…い…っつ」
口の周りを生暖かい感触が這って、気分が悪い。顎を抑える手を除けようとしても、
ロシウは気にせず行為を続けてくる。
嫌だ。
もう嫌だ。
唇に割って入ろうとしたそれを必死に拒むと……腹に蹴りを、入れられた。痛みに耐えきれず大きく口を
開くと、すかさずロシウの舌がするりと入り込んで気持ちが悪い。
歯をなぞられ、舌を絡め取られ、それらに意識を奪われると呼吸が不足して苦しくなり、
さらに口を開けようとしては深く深く入られる。
流れ落ちるのは血を含んだ唾液で、口周りに止まらず胸元にも滴った。
頭が痛い。
俺は何でこんなに苦しいんだっけ。
「っ……はぁ、あっ……シモ…さ」
「ぅあ…っ」
苦しくて、それでも口先だけに意識が全て持って行かれて、ガクンと膝の力が抜け落ちた。
そのまま地面に膝をを着くかと思った所で、顎を抑えていたロシウの腕が俺の背に廻り、腰を掴んで強制的に
立たされた。
それでも滑り落ちそうになり、無意識にロシウの胸元を必死に掴んで自分を支えようとする。
苦しい。
身体に力が入らない。
熱い。
ロシウの身体も、焼けるように熱い。
嗚呼、何でだ。
何でお前が、こんなに熱いんだよ。
「ぁあっ…っ!!」
急に訪れた開放感と共に、精一杯の空気を口に吸い込む。だが解放されたのは口だけではなく身体も同様で、
支えを失った俺が、自分の手足で全てを支えられずに崩れ落ちた。
冷たい地面の感触。
熱い自分の身体。
苦しい呼吸。
全身が痛い。
気持ちが良い。
嗚呼待て、待つんだ俺。
今、何を考えた。
「……キ…タ」
違う、今のは俺の感情じゃない。
こんな屈辱を受けて、こんな事を思う筈が無い。
誰か助けてくれ。
誰か、誰か、誰か。
「もう我慢なんざ出来ねぇえぇえぁぁあああああ!!!!」
顔を上げた先に見えたのは、ロシウの部下に殴りかかるキタンとギミーだった。
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まだ続きます。
ロシウは暴力を振るう時も格好良いんだろうなーと思います。
(まず、そんな事しない!)
2007,07,28
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