暗い闇の底 6





 静まり返った総司令室に横たわりながら、俺は先程ロシウに付けられた腕輪を眺めてみた。 金色で少し太いそれは、どんなに頑張っても外れない。一生外れないなんて事は無いだろうから、 きっとロシウが鍵か何かを持っているんだろう。
 重く冷たいその腕輪はただ俺の腕にぶら下がっているだけで、これがロシウの言う罰に なるとは思えなかった。
「……まさか爆発するとかって事は無いよな」
 ロシウならやりかねないかも知れないと感じる自分に、俺は彼に対しどんな印象を抱いているんだと 笑みが零れた。
 ロシウの事だから、ただの腕輪な筈がない。
 だが今の所、何も問題は無い。
 右腕の金属を恐ろしく思いながらも、今問題が無いなら関係無い。 折角手に入れた自由の時間をぼんやり過ごすなんて勿体ないじゃないか。 俺は散らばった書類を机の上に積み上げると、総司令室を後にした。



「キタン暇ー?」
「うぉうシモンじゃねえかよっ!?」
 食堂の前を通りかかると、丁度キタンが一人で昼食を摂っている姿が見えた。 後ろから近づきこっそりと声を掛けると、相変わらず大きな動作で驚いてくれた。 こういう反応をしてくれるから、キタンは面白い。
「…隣失礼するよ」
「お、おう…!」
 キタンの隣に腰を下ろすと、彼の視線が俺の顔に向けられている事に気が付いた。 口元に手を当てると、じゃりっ、とした感触が指先を襲う。ロシウのせいで怪我した箇所が、 大きな瘡蓋になっているんだ。
「キタンが助けてくれたから、この程度で済んだんだ」
「……シモン!!」
「本当に、有り難う」
 急にキタンが両手を広げたので、瞬間的に椅子から降りて数歩下がると、俺の居た場所目掛けて キタンの腕が交わされる。抱き寄せるつもりだったのに避けられたキタンは、自分の身体を 両腕で抱きしめる格好のまま、気まずそうに静止していた。
「人目が多い所では遠慮して欲しいな」
「……人目が無けりゃあ良いのかよ?」
「さあ、どうだろうな」
「全くよぉ……はあ、お前には適わねえぜ」
 昼食を続けようとしたキタンが俺の右腕にぶら下がる存在に気が付き、 どうにも気になるのか眺めていた。眉に皺が寄っている。 悪趣味とでも感じたんだろうが、俺を気遣って指摘するか流すか考えているんだろう。
 気を使うという行為を苦手としながらも、キタンは相手を思いやってくれる。 其れが嬉しく、また安堵を与えてくれた。
「これ、ロシウに付けられた」
 飲んでいたコップから、盛大に水が零れ落ちた。
「彼奴に!?お前大丈夫なのかっ、その腕輪爆発すんじゃねえのか!?」
 俺とキタンの思考が割と似ている事に若干気を落としながらも、笑いながら「大丈夫だ」と 告げると、キタンは不安そうに腕輪を撫でた。
「まあロシウの事だから、何か有るんだろうけど……」
「有るに決まってんだろが!こんなもん、さっさと外しちまえよ」
「それが抜けないんだよね」
 腕輪を掴んで引っ張ってみせると、輪が手よりも小さく一向に抜けない。 益々顔色を悪くするキタンは、当人である俺よりも腕輪の存在を重視しているらしかった。 心配してくれるのが堪らなく嬉しい。
「本当に抜けねえのか?ちょっと貸してみろ」
キタンが右手で腕輪を掴み、そして支えるように左手で俺の腕を掴んだ……その時だった。
「…ぅ、んっ!」
「うぉっ!!!?」
 突然俺の口から、自分のものとは思えない声が発せられた。何故こんな声が出たのか一瞬分からなかったが、 キタンが俺の腕を掴んだ時に、その肌の暖かさに震えが生じたのだというのは理解出来た。 キタンの大きな手が俺の腕を掴んだ時、何故だろう……胸が高揚し、身体がむずむずと痒くなった。
「だ、大丈夫か!何処か痛かったか!?」
「いや、その……大丈夫…」
 恥ずかしい声を上げてしまったと後悔していると、キタンの顔も妙に赤く染まっていた。やはり俺は そういう声を出してしまったんだな。笑いでも向けてフォローを入れようかと思った俺は、 自分の身体の異変にやっと気が付いた。
 鼓動が高鳴る。
 身体が暑く、芯が火照るようだ。
 その中でも特に熱を感じるのは右腕に付けられた腕輪付近と、下腹部。
 右腕がじんじんと熱を抱き、肌に何かが触れているのが気になって仕方がない。それは腕輪が自らの存在感を 俺に伝えるようで、次第に熱は右腕全体へと巡っていく。その上衣服の擦れが肌に刺激を与え、さらに身体は 熱くなっていった。全身に、熱が灯る。
 腕輪に何か仕掛けがあるに違いない。
 それに気が付き必死に抜き取ろうとするも、身体にフィットした腕輪はびくともしなかった。 このままだと、熱で頭が可笑しくなりそうだ。
「シ、シモンどうした…?」
 キタンの声が耳に届くとそれがさらに胸を高鳴らせ、身体が疼いて仕方がない。 何処かでこういう薬があると聞いたが、 まさか腕輪のように身に付けるものでも、こんな効果が得られる作りの物が在るとは思ってもみなかった。
「おい、シモン…」
「…ぁっ、う…っ!」
「!!」
 肩に手を当てた途端に艶を含んだ声を上げた様子に驚くと、キタンはゆっくりと俺の腰を確認しては、 その異変に驚愕を示した。
「…見ないで…………腕輪が…ああ、くそっ…!」
 上着で前を隠しながら立ち上がると、俺は人目の付かない所を求めて歩き始めた。食堂のように人通りの多い所で 総司令がこんな状態になったと知られてみろ、どんな幻滅の目を向けられるか分からない。
 処理をするなら洗面所が適切だが、その声を誰かに聞かれるのは我慢がならない。ここは自室に帰るのが一番だ。 だがロシウはそんな俺の様子なんてお見通しで、きっと自室から出られなくなった姿を見ては、 静かにあざ笑うんだろう。
 悔しい。
「おい、そんな身体で大丈夫なのかよっ!」
 食堂を出た所でキタンが俺を後ろから呼び止めた。今は誰の声さえも聞きたくない状態で、手を振って 助けは不要だと伝えるも、彼はそれを気にせず側に駆け寄ってくれた。今だけは、キタンの優しさに 気が狂いそうになる。
「大丈夫…だから、キタっ…」
「処理、手伝ってやっても良いから」
 耳元で囁かれた声に促され、ぞくりと、想像した快楽に飲まれそうになる。 他人の手を借りればどれだけ気持ちが良いものか、俺には経験が無い故に魅力的に感じてしまう。 だがそれこそロシウの思惑であり、もし誰かの手助けを受ければ俺はロシウへの敗北を選択した事になる。
 まず処理をした時点で俺は負けだ。
「……キタン…」
 負けたくない。
 その為には、この欲求に耐えなければならない。
「そんな顔されると、放っておけねえよ」
 そしてキタンは、ロシウの用意した障害。
 障害を乗り越えた先に得る勝利は、俺に何をもたらしてくれるだろう。もし誘惑に屈したなら、 俺は敗北と引き替えに快楽を得る事が出来る。 だが勝利は何だ、苦痛と不満に苛まれた身体が得るのは誇りだろうか。
 快楽と誇りの乗った天秤は、前者に傾いてしまいそうになる。
「…………絶対、負けねえ」
 俺はキタンを置いて、自室へと駆けた。


<<  >>



鬼畜とは何ぞや、という問題に直面したシリーズだったかと思います。 何処から何処までが鬼畜なんだろう……今度鬼畜作品を読んで勉強する事にします!

この作品は4と同様に 「あればぜひあの続きを読んでみたいです」 と言って下さった某方様へ贈らせて頂きます!
素敵なお言葉を有り難う御座います!!

2007,10,11

戻る