どうしても欲しいんだ
ウィッグ装着完了、眼鏡装着完了、着替え完了。
変装、完了。
「よし、完璧!」
現在早朝5時。自室の姿見に現れた俺の姿は、普段のシモン総司令とは一目で分からない程の変化を遂げている。
髪はアニキのような昼の空の色で、ロシウを参考に長めの後ろ髪を一本に結んでいる。フレームの太い眼鏡で
目のラインを隠すと、顔の印象が随分変わった。
総司令の服を脱ぎ捨て、青をベース……にするとバレるかもしれないので、控えめの赤色で
あしらわれた服を着ると、其処に立つ人物はシモンでは無い。
「これならカミナシティの中央通りを歩いたってバレない筈だ!」
さぁ、シティに向かおう!
と。
ドアを開けた直後の事だった。
「……あ」
「……あぁ?誰だおま……お…おぉぉおぉおおおおぉお!!?」
「おいキタン大声を出すなよ!」
ドアを開けた先にキタンが居るだなんて、誰が想像出来ただろうか……いや、出来る筈がない。
しかも今は朝の5時だ、普通寝ているだろう。
取り合えず必要以上に大声を出される前にキタンの口を押さえ、部屋の中に引っ張り込んだ。
ドアに耳を中てて外の気配を探ると、特に変わった様子は見られなかった。何とか大丈夫だったんだろう、
危なかった。
「シモン、お前こんな時間に何やってんだ」
「シティの本屋に並ぶつもりで準備してた」
「そんな格好でか?」
「総司令がシティをブラブラしてたら大変だろう」
感嘆詞を漏らしながら納得するキタンが可笑しくて、思わず笑ってしまった。こんな時間に俺に
出会ったのが運の尽き、どうせならキタンも付き合わせてしまおう。仕事は……まぁ、何処にも優秀な
部下が居るから何とかなるだろう。
「付き合ってくれよ、キタン」
「あぁああぁぁあっっ!!!?」
手足を激しく動かして同様するキタンを久しぶりに見たお陰で、
俺の言葉が適切でなかった事にやっと気が付いた。今の言い方だと、
別の意味の付き合うに誤解されるだろうな。
「おおおお前がそう言うんなら、おおおお俺もまぁ」
「本屋に付き合って欲しいんだ」
「……………そう、かよ……」
首を垂れさせながらも、顔を縦に振って了承してくれた。
余りにも泣きそうな首の沈み方だったから、取り合えず頭を撫でてやった。
「よっし、じゃあデートだな!キタンも変装して来てくれよ」
「……そういう単語を不用意に使うんじゃねえよ」
30分後に、まだ開店していないステーキハウスの前で待ち合わせる事にして、
取り合えず今は別れた。
「今……5時50分だな」
「うん」
「凄え人の数だな……本屋のくせに」
「もっと早く来れば良かったなぁ」
「今の時間で十分だろうっ!?」
カミナシティの中央通りの一角に聳える大きな本屋の前に辿り着いた時には、既に約300人が集まり
一本の列を構築していた。俺とキタンが並んだ瞬間にも後ろへと続く列は伸びるばかりで、
30分後にはとうとう1000人を越えた。
「本如きでこんなに並ぶのかよ、信じらんねえなあ。開店時間は何時なんだよ?」
「……9時」
俺は割とじっとしているのは大丈夫なんだが、暇なものは暇だ。出来る事なら暇つぶしの道具や
話し相手の存在が望ましい。キタンは明らかに
同じ場所に止まってはいられない性格だろうが、俺に捕まったのが悪いんだ、暇つぶしの相手を
してもらおうじゃないか。
「さぁキタン何を話そうか、時間はたっぷりあるぞ」
「……おう、まぁ…良いか」
もっと渋るかと思っていたが、案外素直な対応だったので驚いた。
数時間を共にするには不快……とは思われていないのだろう。
有り難いし、何よりも嬉しい。
「キタンはどうしてあんな時間に俺の部屋の前に居たんだ?」
「今日に限って仕事が終わらなかったんだよ」
やっと終わって部屋へ戻ろうと思ったら、早朝だというのに俺の部屋から物音がして、
様子見がてら声を掛けようとした所で鉢合わせたそうだ。
「今……眠い?」
「まぁ、眠いな」
「……ごめん」
「おいおいおい!!そんな悲しそうな顔すんなよ、大丈夫だって!」
徹夜は辛い。その辛さを身をもって知っていると言うのに、他人にそれを強要してしまった自分の
軽率さが情けなく、キタンに申し訳ない。そんな俺の頭をガシガシと撫でるキタンの手は大きかった。
フォローしてくれようとしていたのだろうが、ウィッグがズレるのではないかと一瞬冷や汗が出た。
徹夜の件もあって強くは言えない。
「なぁシモン、お前何が欲しいんだよ。お前なら欲しい物は何でも自分の所に届くだろうが」
確かに今の俺は何でも手に入る。キタンには口が裂けても言えないが、実は今買おうと並んでいる本も
昼過ぎには総司令宛で新政府に届く筈だ。だが、本が届くのは12時過ぎ。
「どうしても買って直ぐに読みたいんだ」
待てない。
「何の本だよ?」
保存用と観賞用として置いておけるし、俺が直接カミナシティの様子を知る事も出来る。
決して無駄な行動では無い、むしろやるべきだ。
「キタンさ、アニキが主役の冒険小説シリーズって知ってる?」
「そりゃあテレビでも広告でもあんだけ騒がれてりゃあ、嫌でも耳に入るな」
「その最新作の発売日が今日」
例え俺が主役の小説でも、ロシウが主役の小説でも興味は無い。アニキが主役だからこそ、欲しいんだ。
「でも聞いてくれよキタン、作者はアニキを知らない他人なんだぜ?大グレン団のメンバーでもないし、ジーハ村の
出身でもないんだ。アニキの事何も知らないのに小説書いてるんだぜ?よく書く気になったよな!」
「ボロクソ言うのに買うのかよ、お前は」
「だってアニキが出てくるんだもん」
何だか知らないが、また頭を撫でられた。
会話の途中に、自分達が堂々と本名で話している事に気が付き、慌てて互いに慣れない名字で呼び合った。
だが今まで周囲の人間が見向きもしなかった所を見ると、俺達の会話なんて騒音と同じだったんだろう。
そうこうしているうちに、開店時間がやってきた。
目の前に約300人が並んでいるというのに俺の会計は直ぐに訪れ、包まれた本を受け取った瞬間には
思わず笑みが零れてしまった。
「うわぁ、顔がにやけっぱなしだ」
紙袋から早々に本と取り出すと、表紙にはポーズを決めたアニキのイラストが読み手の方へと指を指していた。
なかなか格好良く、アニキを的確に表現していると思う。
うん、この人は良い仕事をする人だ。
「本当に嬉しいんだなぁ」
「キタンも読んでみると良いよ!明らかに変な内容もあるけど、それはそれで面白いんだ!
俺も出て来て、明らかに言わないような事とか言ってるんだよ、面白いよ!」
「お前それで良いのかよ!」
俺の手元から本を取ったキタンが、パラパラとページを捲っている。中身の確認と見せかけて、
明らかに文字を見てさえいない。うつろな目が現状の苦痛さを表していて、本を購入したこっちが辛くなる。
活字とは無縁の生活を送っているんだろうな、
確かに本を読むキタンを想像なんて出来ない。
「絵本で『カミナくんはじめてのおつかい』ってのが出てるんだけど、貸そうか?」
「いらねぇよ!つか持ってんのかよ!」
その時ページを捲っていたキタンの手が巻末でピタリと止まり、一つのページを食い入るように見始めた。
どうしたんだろうと俺も覗き込むと、そこには見覚えのある文章が書かれていた。
すっかり忘れていた。
「なぁ、この巻末の解説なんだがよぉ……」
「うん」
「書いた奴の名前がシモンなんだがよぉ……」
「うん」
「職業が総司令なんだがよぉ……」
「……うん」
キタン、ちゃんと見知った名前には反応するんだな。
「お前発売前にもう読んでるんじゃねえかよ!!!!」
でも俺が読んだ時はデータであって、本になってはいなかった。やっぱり本として読みたいんだよ。
螺旋幻視行「第五回」が凄い事になってて、軽く牛乳を噴きました。
アニキの小説の作者は一体誰なんですか!?
本当に赤の他人ですか!?
そしてそれは完全オリジナルなんですか、それとも伝記を娯楽風に記したものですか!?
気になって仕方がない!!
取り合えず私は『カミナくんブランコに乗る』が読みたいです。
あと物語が有る程度進んだ所で、名前が増えるって面白いですよね。
名字制度!
2007,08,01
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