彼の指す天上
ガリガリと、穴を掘る。
岩や土の示す先を見据える様に、俺はひたすらに穴を掘り続けた。村の横穴拡張作業で一番の働きを見せるのは
もしから俺なんじゃないだろうか、そんな風に思うとこんな俺でも何だか暖かな気持ちになる。
「痛…っ!」
指先に生じた痛みをライトで照らし確認すると、尖った岩で切り裂いたらしい傷から鮮血が流れていて
怖くなった。思いの外傷は大きく、治療を施さなければ服と穴に血が滴りそうだ。
血は、あまり好きではない。
むしろ、見たくはない。
出口に戻ると、窪み程度の穴に向かっている大人達の姿があった。
「どうしたシモン、まだ穴堀りを始めたばかりだろう」
「あ、あの…」
「早く戻らんか、これは大事な仕事なんだぞ!」
「指が」
「なぁシモン、終わったらブタモグラのステーキを食わせてやるから」
傷のある指を押さえていたからだろうか、村長は俺が穴掘りを嫌になって出てきたんだと思ったらしい。
俺はこれでも穴掘りが好きだ、その穴掘りを否定された気がして悲しくなった。
「シモンの手ぇよく見てみろよ村長、血が出てんだろうが!」
突然横から俺の手を掴んだ人がそのまま村長の前に突き出して見せると、
傷を確認した村長が表情を一転させ、大惨事とばかりに騒ぎながら俺を自分の穴蔵へと手を引いて歩き始めた。
「あっ…のっ!」
俺の傷を村長に伝えてくれた人に、お礼を言わなければ。
手を引かれながらも必死に後ろを振り向くと、水よりも青い髪と入れ墨をした人が手を振っていた。
「カミ……ナッ!」
俺は元々あまり大きな声が出ないらしいけれど、それでも精一杯お礼の言葉を言おうと頑張った。
「アニキって呼べー!」
有り難うと……ただ一言声にしたかったのに、引かれる手の強さで喉から出てこなかった。
カミナ。
あまり話をした事はないけども、擦れ違った時には声を掛けてくれるし、俺の悪口を言っている所を聞いた事
なんて無い。
穴掘りの仕事をさぼったり地上を目指したりと、カミナの噂は人付き合いの無い俺の耳にも入ってくる。
最近は何故か会う度にアニキ呼びを促されていたけど、兄弟の居ない俺がカミナを兄と呼ぶのは変だから、
その言葉に応えた事は一度もない。
でもさっきは、アニキって感じだった。
「どうだシモン、痛みは」
「平…気、です」
「今日は休んで良いぞ、また明日からは仕事に出られそうか?」
村長は俺の傷よりも作業に支障が出る事を心配しているんだと、彼の顔を見れば嫌でも分かる。
それでも身よりの無い俺に穴掘りの仕事をくれて、こんな風に怪我の手当までしてくれるんだから、感謝せずには
いられない。
俺は幸せなんだと思う。
こくりと頷くと、その返答に満足した村長は、穴掘りの様子が気になるらしく俺を置いて足早に穴蔵を出て行った。
指が、ジンジンと鈍く痛む。
一人、さあどうしよう。
仕事以外で何をするべきなのか考えたが、何も浮かばなかった。俺には穴掘りが全てで、それ以外にやるべき
事なんて思いつかないし、今後一切見付かりもしないんだ。
村長の穴蔵は無意味に大きくて落ち着かない、取り合えず自分の小さな穴蔵に戻ろうとした時だった。
「よう、シモン」
「カカカカカカミナっ!」
急に現れたカミナに吃驚して、思わず声が裏返ってしまった。
さっき助けてくれた時は仕事場に居たから、珍しく真面目に働いていたんだろう。
そのカミナが、何故こんな所に居るのか分からない
「し、ごと……その、怒られ…」
「良いんだよ、お前の様子見に来たんだから」
仕事を放棄してまで、俺を心配してくれた。
嗚呼。
汚いとか臭いとか穴掘りしか脳が無いとか、そんな風に皆から言われ避けられ笑われてる俺を、
カミナは心配してくれた。
「有り難う!」
遙か頭上にあるカミナの顔へ目線を向けると、さっきはどうやっても出なかった言葉を、簡単に
口に出来た。
「お、おう…当然だろうが!」
赤くなりながら頬を掻いたカミナは、そのまま俺の頭をガシガシと強く撫で始めた。
乱暴で少し痛いけれど、楽しくて暖かい。
「お前凄いな、他の連中だったら痛い痛いとか叫いて五月蠅いだろうによ」
「このくらいなら大丈夫だよ」
「根性あるじゃねえか!流石は俺の見込んだ男だ!」
俺の背中を掌を広げて叩くと、バシリと大きな音が生まれた。背中全体に痛みが広がって涙が
出そうになるけど、これがカミナのやり方だと知っているから、やっぱり嬉しくて堪らない。
俺の事をちゃんと見てくれてるんだと実感する。
「俺、幸せだなあ」
「あぁ?」
「俺の事心配してくれる人が居るし、仕事もあるし……幸せだなって」
村長は俺に利害を見出しているけれど、それでも心配してくれているのは確かだし、カミナだって俺を
気に掛けて何時も話しかけてくれる。今みたいに怪我をしたら、心配して見に来てくれる。
「俺は不幸だ!」
てっきり皆が幸せなんだと思っていたから、カミナの言った意味がよく飲み込めなかった。
「こんな地面で穴掘って、地震に怯えながら生活する。何て不幸なんだ!」
「それは仕方がないんじゃないかな」
「仕方がないで済ませるのかっ!?」
もう少しで互いが触れるんじゃいかという程に顔面を近づけたカミナに驚き、瞬発的に後ずさると、
なおも顔が迫ってきた。こんな至近距離で相手の顔を見るなんて、父さんと母さん以外には居なかった。
「俺は地上へ行く。今はまだ実力が足りないかもしれないが、もう少し成長したら絶対に……天井の無い世界に
行くんだ」
地上と、空。
俺にはよく分からない。天井が無かったら頭上には何があるんだろう、それがアニキの言う空なのかな。
俺には分からない事だけど、とんでもなく大きな事を考えてるんだというのは分かる。
「もう少し、待ってろよな」
指が痛い。
じわりと、傷口に巻かれた布から血が滲んでいる。父さんと母さんは、全身からこの赤い液体を流して死んでいった。
俺も何時かは真っ赤に染まって死んでいくのかもしれないと、うっすらと覚悟をしている。
「お前も、地上に連れて行ってやる」
石や岩に押し潰されて死ぬんだ。
「天井の無い世界に、連れて行ってやる」
俺は。
「穴掘りが好きでも、潰れて死ぬのは怖いだろう?」
父さんと。
母さんの様に。
地震で、落盤に……押し潰される。
「……怖い」
「そうだろうな」
「穴掘りは、好きだけど……あんな死に方は、怖い」
「そうだな」
指が痛い。
意識すると、余計に痛くなる。
「指……怪我した、こんな傷を、全身に作って……もっと、酷い怪我も、全身に……血…怖い…」
「此処から、連れて行ってやるからな」
カミナの夢が地上に行く事で、俺も一緒に連れていってくれるなら……その夢は、きっと俺の夢でもあるんだ。
その夢が叶う時が訪れたら良いなと、少しだけ期待している自分が居る。
「今日は有り難う、カミナ。沢山話が出来て楽しかった」
「カミナじゃなくて、アニキって呼べ!」
他の人にはハッキリとした口調では話せなかったけど、カミナが相手だと普通に話せた事に今気が付いた。
カミナが本当に空へ行けたら良いな。
シモンとカミナの初対面が1話……という訳では無いんですよね。
なら一体ジーハ村では互いがどんな感じだったのかなと。カミナは、シモンの隠れた男気と
穴掘りの腕前に感心して「アニキって呼べ!」と言っていたら良いなぁと思います。
シモンはアニメで「アニキ」と呼んだのが初めてのアニキ呼びだと良いなぁ。
2007,08,07
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