リンカーネ刑務所生活 2
シモンがやってきてから約一週間。
俺は運が良いのか悪いのか、奴と一緒に風呂の時間を
迎えさせられた事が無かった。独房が隣接しているというのにだ、
これは看守側で操作しているに違いないだろう。
だが別段シモンと同じ風呂に入りたいわけでも無いので、気にも留めなかった。
今日は偶々同じになった、それだけだ。
脱衣所に着いた際、隣に姿を現したのがシモンだった。俺は他者と連む気は無く、また入浴に至っては一人で
済ませたい程だ。奴が湯船でも肩を並べる気なのかは知らないが、まとわりつかれては適わない。
「ええい!お前は何故俺の側に寄って来る、シモン!」
「ん?楽だから」
「…………………っ…!」
まるで俺の意志を排除したかの様な言葉に腹が立ちかけたが、ふと気付いてしまった。
笑顔を浮かべて愉楽的な言葉として表していたが、確かに奴は零れ落とした……そう、本音を。
楽だから。
刑務所内での生活が気楽な筈が無い。一般囚人ならまだしも、元総司令という地位の人間が囚人として
やって来たのだ、周囲の目は当然奴に注がれる。罵倒、視線、全てを一身に受けるのはシモンだ。
気にはしていないだろう。
だが気にしない所で、感じる不快感は拭えない。
声が聞こえない訳がなく、むしろ聞こえる様に周囲は声を出す。
毎日毎日毎日毎日何度も何度も何度も何度も浴びせられる言葉と視線。
積み重なる苦痛により、伴う激しい疲労。
刑務所内での生活が気楽な筈が無い。
そんな中で見つけた数少ない安らぎの場が俺の側だと聞いてしまったら、追い払う気さえ失せてしまう。
俺はシモンが総司令として懸命に励んでいた事を知っている、奴が努力する目的の中に、
この場に居る囚人共が含まれている事も知っている。
「好きにしろ、付き合ってやる」
「ははっ、有り難うヴィラル」
だというのに、愚かな馬鹿共は自分の掃き溜め口や娯楽の一環としてシモンを苦しめる。都市に生きる市民から
罵倒され、それよりも遙かに劣る連中にも罵倒されるシモンの精神は段々と疲弊している筈だ。
表情には出さないが、静かに堪え忍んでいる。
「よっ……と、囚人服って脱ぎにくいよな」
「…………」
「な、何?何で頭撫でるんだよっ!?」
体付きは俺よりも少し小さい程度、手足も長い。精神の強さも戦いに発揮されるだけでなく、
世の汚さに耐えうる強さをも培った。
シモンは成長した。
それが良い事か悪い事か、今の俺には判別が付かない。カミナが死去した際には、声を荒げて
泣いたという話を聞いた事がある。小さい姿のシモンが涙を流す様子は簡単に想像出来るが、目の前に居る
シモンが涙を流す所は、想像が付かない。
「……ヴィラル、俺は別に辛くないんだ」
俺の手の重みで下を向いている為、シモンの顔は見えない。
「失言は忘れてくれ、あれは特に意味の無い言葉だ」
シモンは俺に余計な心配をするなと告げている、聞き届けた俺は奴の頭から手を離した。
鋭い洞察力。
俺の考えなど手に取るように分かるのかもしれない。
「先に入ってる」
「ああ」
「……有り難う」
擦れ違い様に言った感謝の言葉は、俺の考えが正しいという証明だ。だが同情も哀れみも無用と言うのだから、
奴の意に従おう。それらの感情を向けられる方が、苦痛を感じるという事なんだろうからな。
俺との普段の付き合いがシモンにとって安ぎに繋がるなら、希望に応えよう。
シモンにとって俺が特別というのは、なかなか良いものだ。
奴は強い、だが危なっかしい上に脆い面も垣間見える。
気が付いた時には、俺はシモンから目が離せなくなっていた。
「おいシモン、お前は普段こんな状態で入浴を済ませているのか?」
「ああ、嫌になるだろ?でも案外慣れるもんだよ」
浴室に入った際、探す必要も無くシモンは見付かった。周囲の連中の視線が集中する場を見れば、
そこに目的に人物が居るのだからな。
正直、異様な雰囲気だった。
身体を清めて奴の隣に行くと、視線はシモンだけではなく俺へも注がれ始めた。
実際に体験してみないと分からないもので、想像以上に居心地が悪い。これを集団行動の際に必ず体感
しているシモンの精神は、もしかしたら俺よりも強いのかもしれない。
『楽だから』
先刻の奴の言葉を思い出す、あれは紛れもない本音だ。仮に俺よりも強い精神を持っていたとしても、
辛い事に変わりはない。
ぱしゃり、と。
音のした方を見ると、シモンが軽く湯を飛ばして遊んでいた。真剣に奴の事を思っていたのが馬鹿らしくなり、
言葉を交わす事も無く互いに湯に浸かっていた。
ぽつぽつと、周囲の声が反響して聞こえてくる。
ヴィラルの奴は何をやってるんだ、獣人を裏切ってシモンの狗になったんだ、いやヴィラルが
獣人を裏切る筈が無い、隙を見つけた瞬間にシモンへ過去の報復をするんだ。
言葉、言葉、言葉。
不愉快だ。
「不愉快だよな」
周囲に聞こえない程に小さな声が、水音に混じり聞こえた。
声の主は相変わらず湯で遊んでいたが、それでも意識は俺へ向けているのが分かる。
「俺と一緒に居ると面倒な事になるぞ」
それは食堂で聞いた言葉。
シモンがこの俺に気を使っている。
「それは周囲の騒がしさか?残念ながら俺も気にはしないんでな」
「そうか」
同じ言葉を同じように返すと、同じように笑い声が返ってきた。
その回答に満足していたその時、湯船の向かいに居る獣人二人の声がふと聞こえてきた。
相手は別に本人へ聞かせようとした発言ではなく、ただの雑談らしい。
「なぁ、あのシモンが水遊びするなんて初めてだよな」
「そういやそうだな」
シモンは湯を飛ばすのに失敗し、自分の顔に掛かった湯を手で拭っていた。
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ヴィラルはお兄さん的立ち位置だと良いなぁと思います。
面倒見が良くて、相手を気遣ったりとか。
2007,08,20
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