リンカーネ刑務所生活 4
あれから数日が経過したが、入浴でシモンと同じ時間帯にはなっていない。
俺の知らない所で奴の肢体が醜い人間共や愚かな獣人共に舐めるような視線で撫で回されている
と思うと虫唾が走る。居ても立ってもいられない衝動に駆られ、どうしようもない焦慮感に苛まれて
落ち着かない。
せめてもの救いは、毎夜交わす独房内での些細な会話により、シモンが危険な状況に遭っていないという確認が
取れる事だ。
そんな時に、俺の耳に恐ろしい言葉が届いた。
「おい……今、何て言った?」
「え?何だよヴィラル、そんなに睨むな……」
「何て言った」
「…………シ、シモンのファンクラブに看守も関わり始めたって…」
「何だそれは!?」
聞き覚えのない集まり。
シモンの、何だと?
ファンクラブだと?
「お前あんまり輪に入らないから、知らなかったのも無理ねえだ……ろ、う…」
気が付いたら、話をしていた獣人に対して刃物よりも鋭い目線で睨み付けていたらしい。
言葉を濁した気の良い獣人は、半泣き状態になりながら俺に詳細を語った。
悪い事をしてしまったが、まあ仕方がない。
話を聞くと、こういう事だった。
シモンは元々人気が有る。過去にシモンが行った行為に対し獣人が憎悪の念を抱く事は多いが、
その後新政府で、シモンは獣人の救済運動や差別意識の払拭を促す行為に力を入れていた。
過去シモンは俺達を排除しようと刃を向けていたのではなく、新しい世界を構築する為に
螺旋王へ抵抗していたのだと分かる。
螺旋王と彼直属の部下である四天王に促されるままに戦っていた獣人だが、もしこの時
シモン率いる大グレン団の目の前に現れていたとしても、俺達が奴らに手を出さなければ、
向こうからの攻撃も一切無かっただろう。
獣人へ刃を向けたシモンは憎いが、その獣人の救済に意欲的なのもまたシモンなのだ。
「俺達だってよ、最初は別にシモンが憎くて攻撃を始めた訳でもねえだろう?むしろシモンだってほら、
英雄カミナ?を俺らに殺されてすっげえ悲しんだらしいじゃねえか。そんな俺らに手を差し伸べてくれる
んだぜ?」
「そうそう。あの小さくて可愛い子供が、大きくて綺麗に成長して、今度は俺らを助けようとしてくれる。
いやぁ、嬉しいじゃねえか!」
「しかし綺麗になったよなあ、あの顔で笑い掛けられたら妙に嬉しくなるんだよな!」
「シモンがお前に笑った事なんざねえだろうが!」
シモンの話を聞いていたら他の獣人や人間までもが集まり、大きな人集りが生まれてしまった。
普段は大口でシモンに対し嫌味を言っていた様な奴らが、意見を一変させシモンを賛美している。
「おい、貴様らはこの間食堂でシモンに嫌味を言っていたではないか」
「五月蠅え、あのシモンが側に居たんだぞ!?普通になんざ振る舞えるか!」
考えに理解を示せない。
奴らの話を聞いていると頭が重くなってくる。言葉を発する本人には些細な事かもしれないが、
嫌味や侮辱の言葉を受け続けるシモンの身を全く考えようともしない連中に腹が立つ。
「貴様ら……」
低く唸る喉に恐怖を感じたのか、周囲に視線を向けると雲が散る様に人混みが消えていった。
此奴らは自らの発する言葉が、シモンにどれ程の苦痛を感じさせているかを考えもしない。
だが奴らが好き勝手に汚い言葉を放り投げていても、シモンから奴らに言葉を返す事は無い。
返した瞬間がシモンの負けだからだ。
自らの言葉にシモンが食い付けば、それは発言者に意味の有る行為だと証明する事になる。
食い付かなければ、ただ胸の内を語り仲間内で楽しむだけの事。発言者はどちらの展開になろうとも
楽しいだけだが、シモンにとってはどちらも屈辱的である。
奴ら自身が意図せず行っているとしても、シモンは誇りを傷付けながらもひたすらに耐えるしかないのだ。
その連中がシモンに好意を寄せているという。
こんなにも馬鹿な話があるか。
「ヴィラル、アイツらの気持ちも酌んでやってくれよ」
ファンクラブの存在を伝えてくれた獣人は、人集りが消えた後にこそこそと俺の元へ来ては
呟いた。
「こんな所に閉じこめられると、皆鬱憤が溜まるだろう……そんな所にやって来たのは唯一にして最大の
希望というか…その、なあ」
「奴らはシモンの苦痛など全くお構い無しなんだぞ?」
「そりゃヴィラルはシモンと話が出来るから言える事で、見てる事しか出来ない奴らにゃあ相手の
気持ちを考えるなんて余裕はねえよ」
シモンとの会話。
そういえば、シモンが俺以外の囚人と話をしている所を見た事が無い。
シモンに接触を図ろうという輩は大抵醜い野心や下心を持った者で、奴はそういった者には敏感に反応し
対応を拒絶している。汚れた集団の中に放り込まれながらも、シモンは凛とした自分を貫いていた。
そんな中で唯一会話をする相手が、俺。
何故だろう。
嗚呼。
優越感を感じてしまう。
「なあヴィラル、お前も他の連中に注意しろよ」
「……フン」
「この間脱衣所でシモン崇拝者が現れただろう?お前が崇拝者を気絶させた後に攻撃を加えた
連中を覚えてるか?あいつら全員ファンクラブのメンバーだからな」
数日前の出来事を思い出す。俺が男の顔面に蹴りを入れた後、倒れた男に向かって追撃を行う囚人が
多く居たが、ファンクラブの連中だったのか。
しかし、目の前の獣人が俺に伝えたい事がやっと理解出来た。
そのファンクラブの連中に目の敵にされているという訳か。
俺は他の奴らよりもシモンと交友が有り、対話の相手さえもままならない状態にシモンにとって、
自ら接触を持ち掛ける唯一の存在が俺というのだ。
ファンクラブ連中にとっては目障りなのだろう、俺を妬む者が居ても妙では無い。
「忠告感謝する」
俺一人ではファンクラブの詳細は分からなかっただろう、普段は一人で居る事の多い俺だが、
他者との接触というのは重要な要素を占めているのだと、改めて気付かされた。
「いやぁ……俺はよ、ヴィラルがファンクラブに入れば、ファンクラブ幹部の親衛隊メンバーに
成れると思うんだ。親衛隊と付き合いが有るなんて夢みたいじゃねえか!」
前言を撤回する、付き合いを重ねる相手というのは選ぶ必要が有るんだな。心の底からシモンが
恋しくなった。
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「刑務所内では大規模なシモンファンクラブが有ると思う」
という素敵なコメントを下さった方の意見に激しく同感して書いてしまいました。
この回は、素敵コメントを下さった某方へ捧げさせて頂きます!
そしてまだ続きます…。
2007,08,24
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