リンカーネ刑務所生活 5





「おいシモン」
 日々の最後に訪れる、夜の語らいの時間。
 いつの間にか就寝時間後の静まった時間は、シモンと会話を交わす時間へと変化していた。 俺はこの何ともない時間が一番の落ち着きの時であり、刑務所内で数少ない満たされる瞬間だった。
「今日も何ともないよ」
 脱衣所で起きたような目に遭ったかどうか。俺が毎夜必ず聞いていたので、最近では質問するよりも 早くシモンが応えるようになった。今日も何も無いと言うなら本当なのだろう、取り合えず安堵するも、 今日俺が尋ねたいのはそんな事では無い。
「貴様、ファンクラブというのを知っているか」
「誰の?」
「貴様のだ」
 ゴン、と。壁に何かが激しく打ち付けられた音が響き渡る。 相当動揺している所を見ると、存在の鱗片を見聞きした事さえ無かったのだろう。
「ちょ、え!?何なんだよそれ!?」
「シモンファンクラブ……と、言うらしい」
「何でそんなものが有るんだよーーーーっ!!!」
 狭い独房内を慌ただしく歩いているのか、コツコツと足早に移動する音が聞こえてきた。 カミナの件に関しては感情を剥き出しにするシモンだが、 刑務所内では基本的にポーカーフェイスを貫いているので、感情を囚人共に向ける事は無い。 そのシモンがこんなにも取り乱しているのだから、相当な衝撃を得たのだろう。
 だが俺の前だからこそ素の態度を見せてくれるというのが嬉しい。
「ヴィラルは入ってないよな…!?」
「誰が入るか」
「ヴィラル愛してる!」
 今この場に壁が無かったら、抱擁を受けそうな程熱の籠もった声だった。
「だが囚人の九割がファンクラブに所属しているそうだ、看守も入り始めたらしい」
「……何でそんな無駄に多いんだ……」
「ちなみにファンクラブの上位階級に位置するのが親衛隊で、貴様の身に危険が伴わないよう 守る存在が居るそうだ」
 これだけ言えば、シモンには十分に伝わるだろう。 シモンにとっての危険な状況とは襲われる事だ、脱衣所の出来事のように、何時危険な輩が現れるか分からない。 そこで要注意人物を影ながら撃退しているのが親衛隊だ。
 本人の知らない所で助けられ守られているのだと、シモンはすぐに実感出来るだろう。
「……一応、お礼とか言った方が良いのかな?」
「そうすればファンクラブ連中が調子に乗るだろうな」
「……………それは嫌だ…」
 相手が好き勝手に行っているのだから放っておけば良いと思が、シモンは情を大切にする 男らしい。そういえば仲間想いだという話を何処かで聞いた事が有る、 そういう所はカミナによく似ているな。
「それよりもさ、俺って嫌われてる筈だよな?」
「さあな」
 シモンを憎む囚人共の数が少ないと告げたら、奴は安堵するだろうか。俺以外の連中とも 積極的に会話を楽しむようになるのだろうか……それは、あまり良い気がしない。
「何時も睨まれたり、馬鹿にされたりしてるんだ」
「……そうだな」
「殆どの囚人がそうなのに、ファンクラブが有るのか?」
「貴様への嫌味や侮辱を口にしながらも、遠目から貴様の姿を愛でている奴も居るそうだ。 むしろその方が多いらしい」
「うわ、嬉しくないなぁ」
 くすくすと笑う声が聞こえてきて、やっとシモンが落ち着いたんだと知る事が出来た。 壁に隔たれた状態では表情から心中を察せないので、耳に届く数少ない音を情報として相手の様子を掴む。
「一つヴィラルに頼みがあるんだ」
「何だ?」
「ファンクラブの会長に伝言、『守ってくれて有り難う』って」
 伝言を頼むという事は、シモンから接触を図らないつもりなのだろう。接触を避けるというのは、 今の状況に変化を与えないという事だ。投げ掛けられる侮蔑の言葉は減らないだろう、だがそれに 引き続き耐えていくのは、ファンクラブの存在に気付かない態度を取りたいのだろう。
 だがそれでも、感謝の一つも告げないのでは申し訳ないというシモンの策が、俺を使った伝達方 という事か。
「俺に使い走りをさせる気か?」
「礼はするよ?」
「……貸し一つだ、覚えておけよ」
「有り難うヴィラル、愛してる!」
 最初はシモンに愛を告げられるのさえ驚くべき事だったが、最近は随分と慣れてきた。 しかし相変わらず顔は火照り身体の芯は熱くなる、そして一体何故こんなにも熱くなるのか未だに分からない。



「何をしに来た、シモンの狗め」
 食堂の片隅に連れてきた一人の獣人は、元はグアームの部下だった男だ。体型に差が有るので、 下から俺を睨み付けるように見上げてくる。
「シモンから伝言を預かってきた……ファンクラブの会長」
 ぴくりと、その大きな目が反応した。ファンクラブの会長であるこの男も、普段は侮辱の言葉を 口にしながらも、心中でシモンを想うタイプの者らしい。
「シモンさ……からだと?」
 今こいつシモン様って言いかけたぞ。馴れ馴れしい言葉に俺の青筋が増える所だったが、 あのシモンから受けた約束だ、俺を頼ったシモンに応えてやりたくて、必死に怒りを押さえ込んだ。
「聞くか?」
「………聞こう」
「守ってくれて有り難う……だ、そうだ」
 はっと、男の目の色が驚きに染まった。ファンクラブの存在をシモンに察されない様にしていたが、 そんな相手から感謝の言葉まで貰ったのだ。俺を睨み付けていた男の顔が明るく染まり、満足そうな表情を 向けてきた。
「シモンは自分がファンクラブを知っていると周囲に知られたくないらしい、だが礼は言いたいと 俺を寄越した」
「そうか、シモン様のお心は確かに受け取りました」
 日常ではシモンに様を付けて呼んでいるらしい。怒りが身に纏うのを自分でも感じるが……シモンの為だ、 何とか必死に自分を押さえ込むが、やはり殴り倒してしまいたい衝動を抑えるのは辛い。
「親衛隊連中になら伝えても良いそうだ」
「奴ら喜ぶでしょうな」
 そう言うと、男はぺこりと頭を下げた。
「ヴィラル、シモン様の言葉を私に伝えてくれて有り難う」
 聞かせられた話によると、男はグアームの部下として大グレン団に乗り込んだ際、捕らわれたニアを助けに来たシモンを見て 惚れ込んだらしい。逆さになりながら「助けに来たよ、ニア!」と叫ぶ姿に、敵ながら 心を奪われたと語った。
 シモンへ自分が接触するチャンスなど今後一切訪れはしないが、それでも影ながら力になりたかった と言う。
「ヴィラル、ファンクラブへ入らないか?私と一緒にシモン様を支えよう!お前の実力と意志は幹部に相応しい!」
「断る!」
「では、語り部となってくれ!」
 頭を打ち付けられる程の強い衝撃を感じた。
 何処かで誰かに言われた台詞をこんな所でも言われるとは思わず、反論するのも忘れて頭が混乱してしまった。
「私達の行いや意志をシモン様に伝える語り部となって欲しい! シモン様に接触を持てるのはヴィラル……お前だけなんだ!」
 語り部。
 語る相手はシモンのみという、語り部。
 しかも語る内容は、シモンファンクラブの様子。
 頭が痛い。
「そうか、やってくれるか!」
「無言を了解と取るな!」
 抵抗したが男の意志は案外強く、どう足掻いても離そうとはしない。頼む御願いだと誠意の籠もった目を 向けられ、気が付いたら首を縦に振ってしまった。喜ぶ男を前に俺の気分は沈む一方だが、まあ ファンクラブ自体がシモンにとって重荷となる時が訪れるかもしれない。 その時真っ先に対応出来るのが俺なのだから、少しくらい付き合ってやろう。
 あと数日で月が落ちるという中、リンカーネ刑務所は活気に満ちている。  




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これにて終了です!
4と5は、ファンクラブが有る筈と意見を下さった某方様と、 続きを楽しみにしているという意見を下さった某方様のお言葉が無ければ生まれませんでした。
お二人に4と5を捧げさせて頂きます!
そしてここまで読んで下さった皆様、有り難う御座います!

2007,08,24

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