リンカーネ刑務所生活
最初に見かけた時は、本当に幼かった。
俺と裸猿カミナの間に入っては、アニキは殺させないと必死に叫んでいたのが初めての出会い。
正直この頃のシモンの記憶は薄らいで、思い出すのも難しい。意識さえしていなかったのだから当然だろう、
当時の俺はカミナしか見ていなかった。
次に会った時は随分と逞しくなっていたな。
カミナに何度も敗北を味わったのだと、悔しさに拳を握りしめた過去が間違いだと気が付かされた。
あれは、カミナではなかった。
カミナを相手にするよりも、俺はシモンを相手に負け続けていた。
螺旋王を倒した後のシモンと顔を合わせる機会は早々無いが、それでも英雄として祭り上げられる奴の姿は、
この世界に生きていれば嫌でも目に付く。だがその姿が日に日に成長していくにつれ、俺が妙に暖かな気持ちになるのも
また確かだった。
何故だ、何故そんな感情を得るのか分からない。
「ようこそ、シモン総司令」
独房で顔を合わせたシモンは随分と驚いた顔をして言葉を探していたが、その間に俺は奴を上から下まで観察した。
映像を見る事はあれど、実際に顔を合わせるのは七年ぶりだろうか。小さかった手足と体は成長し、
無駄の無い体の鍛え方をしているようで、引き締まりながらも細い体をしている。
「……久しぶりだな、ヴィラル」
声も少し変わった。質は変わらないが、どことなく落ち着いたトーンが成長を実感させる。
これが、成長か。
今まで暮らしてきた環境に比べると、今の奴は居心地が悪いだろう。集団行動の中で奴は孤立していたし、また
意図的に孤立させられてもいた。その上で周囲は奴の話を本人に聞こえるように語り合う。
居心地が悪くない筈は無い。
まあ奴自身こんな連中と連む気も無かっただろうから、丁度良いのだろう。
「よぉ、シモン総司令」
「……超弩級戦犯シモンって呼んで欲しいな」
最も孤立が際立つ食事時にシモンの隣に腰を下ろすと、周囲は俺の名を叫んだり殺せと叫いたり、
何とも情けない野次を飛ばしてきた。あまりのくだらなさに腹が立つ。
シモンに肩入れなどしないが、奴らにも肩入れなどしない。
俺は俺の好きに行動しているのに、それを周囲に浸食される不快感。
質の低い集まりの中では仕方がないだろうが、間違っても良い気はしない。
「俺と一緒に居ると面倒な事になるぞ」
「それは周囲の騒がしさか?残念ながら俺も気にはしないんでな」
「そうか」
そう言うシモンが静かに笑い出すので俺は正直驚いた、
奴の笑顔を直接見るのは初めてだ。俺はシモンの必死な顔や張りつめた顔しか知らず、
こんな一面を向けてくるとは思いもしなかった。
笑う顔は、可愛らしかった。
「そんな顔するなよ、ヴィラル。ちょっと声を掛けてくれたのが嬉しくてな」
俺の顔から心情を読んだのか、尋ねる前に質問の答えが返ってきた。
「悪意を持って接してくる奴は完全無視してたからさ、もう会話する相手なんて居なく
て……自分の声を忘れそうになるよ」
俺は別に嫌味の一つでも言おうとシモンに近づいた訳ではないが、話をする為に近づいた訳でもなかった。
ただ隣に座った、それだけだ。それが数回交わした会話が想像以上に相手に喜ばれるとはどういう事だろう。
思いの外、悪い気はしない。
調子が崩れる。右手を頭に持っていき少し悩むと、また小さな笑い声が隣から聞こえてきた。
「ヴィラルが居るなら、ここでの生活も楽しめそうだ」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味さ」
食事を終えたシモンは、その言葉を最後に食器を戻しに向かった。
ここでの生活も楽しめそうだ、とはどういう意味だ。何故俺が居ると楽しめそうなんだ、
奴は俺をどう思っているんだ、分からない。
ただ分かるのは、シモンにとって俺が会話を求められる相手であるという事だ。それは俺がその他大勢に
組み込まれないという事だろう。
別の言い方をすれば、特別というものだ。
「……特別か」
特別。
そう実感した時に妙な満足感が込み上げてくる。分からない、この感情は何だ、何故俺は満足している。
理由の知れない満足感に若干不安を感じ、意味も無く食器を戻しに向かったシモンの姿を探すと、
奴は丁度棚に返した所だった。
その時振り返ったシモンが、俺へ向けて手を二度振った。
ドキリと心臓が跳ね上がる。
あれは確かに俺へ向けて振られた。だが周囲の連中は、今自分に向かって振ったんじゃないか、
いや俺に向けてだと、凄い勢いで雑談を繰り広げている。
今まで気が付かなかったが、囚人共はシモンを避けるし嫌味も言うが、視線は常に奴へと注がれている。
奴の言葉、動作一つ一つに目が向いているのだ。
シモンは注目されていた。
それは囚人の間でも、シモンが特別だという事だ。
何となく腹が立つも、やはり理由が分からない。
>>
刑務所生活は妄想せずにはいられません!(笑)
2007,08,20
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