携帯電話
「必要ない」
「使い方知らないなら教えるけど」
「携帯電話くらい使えるわ!」
整備を受けているグレンラガンを眺めていると、突然シモンが長方形の小型機械を投げて寄越した。
今まで使った事がなかった為か、手に収まる大きさのそれを観察すると、
隣に来たシモンが勝手に説明を始める。
「何のつもりだ」
「携帯の使い方知ってても、機種によって少し違うからな。ヴィラルのは最新型だから
有り難く使えよ」
「必要無いと言っているだろう!」
正直な所、携帯の使い方なんぞ分かる筈は無い。元々使う気が無い上に、
俺の様な獣人がカミナシティで呑気に携帯の契約など以ての外だろう。
今更使う気など無い。
それも他人に与えられた物を使う程、俺は浅ましくはない。
「……折角用意したのに」
「…………」
悲しそうに眉を顰めたシモンの顔を見せつけられて、それでも拒絶するのは正直辛い。
まあ折角俺にと用意した物だ、使っても良いだろう。
「教えろ」
「え?」
「使い方だ」
「使ってくれるんだ、良かったー!」
至近距離で表情を明るく変化させたシモンを、まともに見る事が出来ない。我ながら情けなく思うが、
距離を縮める奴が悪い。
指を使い実際に動作確認を兼ねて説明するシモンの言葉は案外難しく、一つ一つを忘れないように
するので精一杯だった。まさかこんなに複雑だとは思っておらず、この機種が最も難しいのでは
ないかと疑いたくなる。
素直に尋ねてみると、最近の者はこの程度の機械を簡単に使いこなすらしい。
只の人間や獣人に使えるなら、俺に使えない筈はない。
「……ヴィラルって真面目なんだな」
見直したと言わんばかりに輝く目を向けられると、本当にどう接してやれば良いのか分からなくなる。
普段は俺に威勢良く対抗してくるくせに、こうも下らない事で人懐こくなるのは何故だ。
「貴様、俺を馬鹿にしているのか!」
「人の好意を歪ませて受け取るなよ……」
そういえばシモンは戦闘時と通常時で随分と印象が変わると、噂で聞いた事がある。
その時はシモンという人格を市民に印象付ける為の設定かと思っていたが、あれは本当だったのか。
「あと俺の連絡先入れておいたから。これだからな、これ」
「……貴様に連絡を入れる必要など無い!」
「はいはい。何かあったらちゃんと連絡しろよ」
軽くあしらわれた。
「……何だよ。そんな顔してるからには、ちゃんと使いこなせるんだろうな?」
「フン!」
これ以上、上から目線でものを言われたくなかったので、大人しくシモンに連絡を入れてやろうとボタンを押した。
登録者の覧を開き、シモンと書かれている所で決定ボタンを押す。
電話番号という数字の並びが表示された。
受話器のマークを押す。
正ー義の英ー雄〜グレーンラガン〜〜ピッ
『もしもし。ちゃんと電話掛けられたな、良かった』
「当然だろう!」
妙な曲がシモンの腰元から聞こえてくると思った瞬間、奴はポッケに手を入れると素早く自身の機械を取り出し
俺に対応した。流れた曲が直ぐに消える変わりに、俺の手に持っている機械から目の前のシモンの声が流れる。
俺の手の中と正面の二カ所から奴の声が聞こえ、何とも不思議な体験をしているようだ。
『ヴィラル』
「何だ!」
『電話に出てくれよ』
シモンの機械に連絡を入れられると分かったのだから、別にもう止めてしまっても構わないだとうと思ったが、
どうにも相手は俺に同じ事を要求してくる。
『……ヴィラル』
仕方なく耳元にあてると、機械からシモンの声が流れてきた。
まるで、耳元で囁くように。
『っ!』
『あっははは、初々しい反応!まあ要は慣れだから、上手く使ってくれよ』
耳元から声が流れるという現象に驚いた、と解釈したらしい奴の誤解が有り難い。
シモンの声を耳元で聞いたから身体が反応したなどと知れたら、一体どんな反応をする事か。
『フン、そこまで言うなら使わせて貰おう。しかしどんな使い方をしようとも文句は無いな?』
『無いよ』
元反政府の俺が言うのだからもう少し不安げな表情をするかと思ったら、即答の勢いで断言されてしまった。
『ヴィラルなら安心して渡せる』
その根拠は何処にある。
今は共闘しているだけで俺とシモンは仲間ではないというのに、何故こんなにも迷い無く俺を信じるんだ。
信頼を受けるのは七年ぶりで、何処か懐かしい思いが込み上げてくる。
『それじゃあ、切るよ』
プツリ、と。
シモンの声が耳元から聞こえなくなると、機械の画面からは通話時間の記録が表示された。適当にボタンを押すと
画面は直ぐに元へ戻り、俺とシモンの会話の証しが消えてしまった。
どことなく寂しい。
待て、待て俺。
寂しいと感じるのは変だ。
「カミナシティを覗いて来ても良いんだぞ、初めてだろう?まぁ、今は随分壊れてるけど……」
「貴様は行かないのか?」
落ち着け、混乱するな。
それではまるでシモンを誘っているように聞こえる。一緒にシティを歩きたいのかと誤解されたらどうする、
落ち着くんだ。
「俺は新総司令達と話す事があるから」
よし大丈夫だ、シモンは深く意味を考えていない。元々深い意味など無いのだから、
これで問題は無い。
「グレンのパイロットとして、俺にもその会議に参加する必要があるんじゃないのか?」
失言だ。
これもシモンと共に居たいと読みとれてしまうかもしれない、何故こんなにも情けない言葉を
口走ってしまうんだ。
「カミナシティ他、町村の復興計画の顔出しに?」
「…………」
「大きな事が決まったら、その後は戦闘に関する会議が開かれる。その時はお前に参加して貰うから
覚悟しておけよ……ヴィラル」
「……フン」
会議に呼ばれるという決定事項に、何故か安堵を感じる。
シモンと居ると調子が狂う、暇つぶしに初のカミナシティでも堪能しようと無言で出口へ向かった。
後ろから「電話したら出ろよ」という声が響いたので、振り向かずに片手を挙げて応えた。
外に出ると、風通しの良くなった街を見渡した。
半壊した建物、大きく崩れた地面、横倒れになるカミナ像。
それが今のカミナシティ。
七年掛けて作り上げた街を崩されたシモンの心中は計り知れない。奴が市民に裏切られた文句を口に
している所は聞いた事が無いが、半壊状態の街を真剣な目で眺めているのを見かけた事がある。
今は総司令ではないとはいえ、何かしらの形で復興計画に触れていたいのかもしれない。
「カミナ、カミナシティ、グレン、シモンの中にまでカミナが居る……此処は何処を見ても裸猿ばかりだ」
当人はもう存在しないというのに、シモンはカミナに囲まれて七年を過ごしたのだ。
寂しかったのか、それとも全ての人にカミナという存在を知って貰いたかったのか、
それともあの補佐官による、英雄を作り上げる為の策だったのか。
正ー義の英ー雄〜グレーンラガン〜〜カーミナッとっシモ……ピッ
手に持っていた機械から小っ恥ずかしい音が流れたので、思わず慌ててしまったら、
間違えて切るボタンを押してしまった。連打していたので誰からの着信かも分からない。
周囲を見回すと、復興作業をしていた市民が「あの曲は…」という目で俺を見てくる。
殴り飛ばしたい。
だが俺の機械には改めて連絡が来るだろう、そうなればあの恥ずかしい曲をまた
聴かなければならないのだ、それだけは勘弁願いたい。
正ー…ピッ
よし!
『誰だ!!』
『うわっ、何だよ!』
『……シモンか』
電話の張本人は案の定シモンだった。多分大した用も無く掛けてきたのだろう、向こうの都合で振り回される
俺の身にもなって欲しい。
『何だこの曲は!後でどうやって変えるのか教えろ!』
『えー、良いじゃないか別に』
『恥ずかしいとは思わないのか!』
『お揃いなのに』
何だと?
聞こえてきた声に耳を疑う、確かに奴は言った……お揃いだと。
『着信曲を固定出来るんだよ。ヴィラルの携帯に誰から電話が入っても、その曲が流れるのは俺だけ。
俺の携帯もヴィラルからだけあの曲が流れるんだ』
こんなにも小さな機械にそんな複雑な機能が埋め込まれているとは思わなかった、
最近の人間の作るものは凄いな。使う側も凄いが。
『要件は何だ』
曲の事は、保留にしておこう。折角奴が設定したんだから、少しくらい使ってやらないと
悪いからな。
『うん、一言言いたくて』
『……何だ』
やはり大した要件では無かった。
『気を付けてな』
何だ、今何て言った。
気を付けてと俺に言うのか?
巫山戯てるのかと言ってやろうと思ったが、シモンは俺の実力を知っていながらこんな発言をしたんだと
思うと、少し受ける印象が変わってくる。
チミルフ様に仕えていた時、毎回出掛ける時にこう言って下さった。
気を付けてこい、と。
獣人も人も、人を見送る挨拶は同じなのではないだろうか。同じように無事を祈り、
同じようにそれに応えるのではないだろうか。
『行って来る』
『行ってらっしゃい』
何年ぶりだろう、そんな事を言われたのは。
胸が暖まるのを感じ、この小さな機械もまんざら悪い物ではないと思えてきた。好きな時に
相手に言葉を伝える事が出来るとは、何とも便利なものだ。
奴が忘れた頃に、俺もシモンへ電話を掛けてみよう。
この携帯電話で。
23話が始まる前なので、放送後に矛盾が発見されましても、スルーしてやって下さい!
17話のCM?は「正義の英雄グレンラガン、カミナとシモン」までは聞き取れるのですが、
続きはどうなっているのか……シモン「も」ですかね「と」ですかね?後はキヤルの声に消されてしまって。
あれ全部聞いてみたいんですけど、アドリブだから無理ですよね(笑)
2007,08,30
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