7年を越えて 4
「見せろ!そのアルバムは俺様が有り難く頂戴してやる!」
「冗談じゃねえ、これは俺の宝だぞ!」
「人の弟のアルバムを宝にするんじゃねえよ!」
遊び半分の取り合いをした後に、俺は奴からアルバムを奪い取った。表紙を捲るとシモンの写真が
何枚も貼られている。可愛い弟の笑顔が写真として記録されているんだろうなと思ったが、
よく見るとその表情はどれも痛々しく、見ている方が胸を痛めちまうものだった。
「これ、本当にシモンか?」
目つきは悪く、黒い隈が目元に深く刻まれている。いつも明るい筈の表情は暗く沈み、
疲労の色が際立っていた。
「……それはな、お前が事故に遭った直後のシモンの写真だ」
はっとする。
悠々と長い時間を自分の為に費やしていた俺とは違い、シモンは俺の為にその時間を割いて、
心を痛めてくれていたんだ。
「暫くは中学も登校拒否しててな、ずっとお前の家に閉じこもってたよ。
施設には死んでも帰らねえって言うから、飯の時間だけは妹共と一緒によ……力ずくで
俺の家に引きずり込んで食わせてたんだ」
「迷惑掛けたな」
「そんな事無えよ……あんなシモン、放っておけねえしな」
写真はどれも不意を突いて撮ったのか、正面からのものは一枚も無かった。
その中でも一つ、印象に残る写真がある。
それはキヤルとキノンとキヨウに頭を撫でられ、泣きながら飯を食っている様子だった。
「……シモン」
「登校拒否を続けて随分経った時だったな、俺達兄妹がシモンを囲んで飯を食ってたらよ、
美味しいって言いながら泣き始めたんだ。想いが通じたみてえでよ、本当に嬉しかった」
「そうか」
俺はシモンの為を思って奴を突き飛ばした。その後こんなにも苦しむシモンを見るのは胸が
痛えが、俺は自分の行動に後悔は抱かねえ。むしろ最善を尽くしたと思う。
だからシモンには、俺の居ない世界を乗り越えるくらいの苦痛は、耐えて貰わなきゃならねえんだ。
次の頁を捲ると、其処には笑顔ばかりが並ぶシモンの姿。
「……乗り越えたんだな」
「随分時間は掛かっちまったが、良い立ち直りだったぜ。
ニアちゃんって子が、懸命にシモンを信じたお陰だろうな」
「ニア?初めて聞く名前だな」
キタンに詳しく話を聞くと、ニアというのはシモンとは違う中学の女の子だったらしい。
雨の日に傘も差さず、ぼんやりと公園の階段に座っていたニアの前を通りかかったシモンは、
見知らぬ女の子の前に傘を置いて立ち去ったという。
翌日同じ場所を通りかかると、同じ場所には傘を持った女の子が居た。
それが切欠で二人は交流を深め、誰にも心を開かなかったシモンは少しずつ笑顔を見せるようになった
らしい。
「色んな奴がシモンを助けてくれたんだな」
「アイツが笑ってくれると嬉しいからな!」
頁を捲る度に、知らないシモンの姿が載っていた。
中学を卒業し、高校に入学し、体育祭や文化祭を繰り返し行い、高校を卒業。
この頃にはシモンの身体は、随分と成長を見せている。
まだ同年代の男子よりは背も低く幼い印象を与えるが、
それでも随分と背が伸び、顔も大人へと成長していた。
「なあキタン、俺の弟ってよ…美人になったと思わねえか?」
「お、兄貴のお前もそう思うか!いやぁ正直ここまで化けるとは思わなかったぜ!」
「……手ぇ出してねえだろうな……」
「ちょ、ば…っかじゃねえのか!親友の弟に手なんか出すかよ!!」
俺の冗談を叩き切る言葉だったが、キタンからは明らかに動揺が全身に現れていやがった。
視線は左右に移り変わり、意味も無く手を振った後に口元を抑えて黙り込む。
白い目でキタンを黙って見ると、奴は不器用に顔を赤らめながら俺を見た。
この反応。
まさか。
「お前にゃあ悪いんだが、俺も本気みたいなんだ……あ、誤解すんなよ!手は一切出してねえからな!」
「当たり前だ、出されて堪るか!!」
恐れていた事態。
全てが過去のままではない。7年という月日が経過したんだ、誰が誰かに恋愛感情を抱いても不思議じゃあねえ。
だけど何で、キタンがシモンに、なんだ。
いくら親友であっても、大切な弟をくれてやる気はねえ。
「お前には渡さねえ、シモンは誰にもやらねえ!!」
「…………っく!あっはっはっはっはっはっは!!!!!」
勢いに任せて人差し指をキタンに突き付けると、一瞬ビクリと身体を硬直させた後、キタンは腹を押さえながら
豪快に笑い声を上げた。
「そうかそうか!お前もシモンの事がなあ、そうだったのかよ!!」
「キタンお前笑うんじゃねえよ、この野郎っ!!」
まさかこんなにも笑われるとは思わなかった俺は、行き場の無くなった人差し指を怖ず怖ずと掛け布団へと向けた。
俺の意志を告げた所でキタンがシモンを諦めるとは思わなかったが、この様子を見るとどうやら逆効果だったらしい。
まあ、それでこそ俺の友だ。
「此処まで来て、最大の好敵手が目を醒ましたのかあ……こりゃあ悠々と過ごしてらんねえな」
「おうよ、俺程シモンを大切に思ってる奴ぁ居ねえぜ。お前ががシモンを好きなのか構わねえが、
俺はお前にも……誰にもやる気はねえ」
「ははっ、兄貴の台詞とは思えねえな。しかしこの争奪戦、今までは優位だったってのに……カミナ
相手に頑張れるか不安になってきたぜ」
組んだ両手を頭の後ろに当てたキタンは、上体を後ろに逸らして天上を見上げた。
「……おい、争奪戦ってなあ何だ?」
一つ気になる事、争奪戦。キタンの言葉をそのまま聞くとしたなら、シモンを狙う輩が多数存在するという
事になる。児童養護施設の中でも、シモンはあまり他人と接点を持とうとしなかった。人付き合いが苦手で、
何時も俺の背に隠れて過ごす様子を見て、施設の仲間でさえもがシモンに悪ふざけをしていたのを思い出した。
「そのままの意味だ」
中学でもその癖はなかなか抜けねえみてえで、
施設の世話になる立場と相まって、あまり良い想いはしていなかったらしい。
そんなシモンの力になれるのは俺だけで、シモンを助けられるのも俺だけだと思っていたのに、どうやらこの7年で
随分と人間関係に変化が起こっていたらしい。
「今のシモンは凄えぞ。
優しいし、気さくだから話をするのも楽しいしよ、綺麗だと思えば次の瞬間には可愛い所を見せるんだ。
強い意志も持っててよ、何度助けられたか……」
「……成長、したんだな。漢の魂も」
「ああ、もうお前の弟にしか見えねえよ」
漢の魂。
出来る事なら俺がそれを教えてやりたかったが、魂ってのは自分で得る事が一番良い。屈強な精神は、
自分にしか見いだせねえ。俺が眠っている間、シモンはそれを自力で手に入れたんだろう。良い事じゃねえか。
今はまだシモンの漢としての面を見てはいねえが、今後ゆっくりと見せて貰えば良い。
「そうだカミナ、テレビ付けても良いか?」
「あ?この部屋にテレビなんて無えぞ」
「……お、お前……」
キタンが指さした棚の上には花瓶が置いてあったが、よく見ると花に隠れて赤く小さな四角い物体が見える。
小さすぎて分からなかった。というより今まで気に止めて花を見る事さえ無かったんで、棚の上の物を
意識した事が無かったんだ。
「……折角シモンが用意した病室を…まあ、今から見るんだから良いか」
テレビのリモコンを手に取ったキタンに言われて、俺はこの病室が無料ではない事にやっと気が付いた。
今までは自分の体力回復だけに専念してきたが、そう専念出来るのもこの病室を与えられているからだ。
俺は病院に詳しくねえが、個室ってのは値段の張る所だというのは何とか知っている。
周囲を見渡す。シモンが俺の為に用意してくれたのは、個室。
7年の間に、俺はどれだけシモンから金をふんだくっていたんだろう。
沈む気持ちを打ち壊すように、軽快な音楽が棚から聞こえてきた。俺の見舞いに来てまで見たい番組なんだから、
相当面白いドラマかと思っていたのに、それは予想に反して芸能人同士の談話番組だった。
「おい、俺よりもこんな番組の方が良いのかよ。連れねえなあ」
「お前の為でもあるんだ、ちったあ黙って見てろ!」
花瓶を別の場所へ置き、キタンはテレビを俺にも見やすい位置に直してくれた。まあ俺だって寛大な男だ、
見て欲しいと言われたんだから見てやろう。
その番組は3人の出演者と1人の司会の計5人で、それぞれの私生活や最近の主演出演番組の収録風景の説明を
話していた。辛うじて司会の芸能人が分かる程度で、他の出演者は見た覚えもない。きっと俺が寝ている間に
デビューしたんだろう。キタンは俺に知識の穴を埋めさせたいんだろうか。
「詰まんねえー」
「俺の買ってきた珈琲くれてやるから、黙って見とけ!」
正直言って珈琲は好きではないが、折角強制的にテレビを見せられてるんだ、キタンの持ち物一つ
くらい奪っても良いだろう。俺はちびちびと珈琲を飲み始めるが、やはり美味いとは思えねえ。
その時1人の出演者の為に特別なゲストを招いたと司会が大げさに説明し、入り口へ周囲の目線を向けさせた。
また知らねえ芸能人が出てくるのかと嫌気が指したが、それはよく知っている人物だった。
ブッ、と。
口に含んでいた珈琲を盛大に吹き出した。まるで黒い虹が掛かりそうな程綺麗に吹き飛んだ珈琲は、
盛大にキタンの横を吹き抜けた。
「うおっ!?今の危なかったぞ、気を付けろよっ!!」
キタンの抗議が耳に届かねえ程、目線がテレビの画面から逸らせねえ。
出てきた出演者は、よく知っている……なんて間柄じゃねえ。こいつの事なら何だって知っている程に
親しい間柄の、大切な人物。
「……シモン!シモンじゃねえかっ!!」
シモンが居る。
待ってくれ、何でシモンがテレビに出演してるんだ。俺を驚かす為に作った映像だろうか。
だが画面の左上には
今の時刻が表示されていて、実際に放送しているという証拠を俺に示している。
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よくあるパターンですが、自分は試した事が無かったので是非やってみたかった設定
……芸能人!
アイドル路線じゃなくて、正当派俳優方向で!
実は学生社長と迷いました。
2007,09,30
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