7年を越えて 5
テレビに出るとは言っても、一般人でさえテレビに出演する機会ってのは割と有るもんだろう。
とある芸能界デビューを果たした人物の学生時代の話を番組が聞く為に、当時仲の良かった同級生が招待されるだとか、
ファッションチェック番組に目を付けられて数秒カメラに映るだとか、そんなのは良くある事だ。
シモンが芸能界入りしているとは思えず、そんな感じに偶々呼ばれた一般人なんだろうと思ったが、
その想像は簡単に打ち砕かれた。
『おめでとうー!』
『うん、有り難うー!』
画面には映ってねえが、会場には見物人が随分居るらしい。何人もの女が
「おめでとう」と告げては、シモンは律儀に「有り難う」と返していた。
この様子を見れば、シモンには随分と人気があるというのが分かる。そして人気が有るというのは、
知名度が高いって事だろう。
こんなに大勢の人間を使ってまで、でっち上げの番組を作るなんて事は普通無えし、見物人の
黄色い声援も熱が含まれていて正直怖え程だ。こんな声は本気じゃなけりゃあ出せねえ。
今更だがこれは確実に放映されているんだと実感し、シモンが芸能人なんだと理解した。
「おめでとうって、何の事だか分かるか?」
「……いや、分からねえ…」
この番組に出演するのが初めてって事だろうか、だがゲストなら別に「おめでとう」と言う程の事でも
ねえだろうな。俺にはさっぱり分からねえ。
「お前の事だよ、カミナ」
「………あ?」
「大人気若手俳優シモンの兄、昏睡状態から回復する……ってな。
ここ数週間のニュースはこれで持ち切りだ」
驚いた。
そう言えば俺は、世の中の動きに触れる機会と離れた生活を送っていたんだっけな。
ここ数週間は病室とトイレとリハビリ室を往復し、売店で新聞を買うなんて事は全く無かった。
「お前は世間に名前が知れ渡るのは不本意かもしれねえが、そうしなきゃなんねえ理由があったんだ。
それでもシモンはお前の為を思って、写真の公表だけはしなかった。
マスコミがお前を追い求める中、シモンは必死で兄貴のプライバシーを守ったんだ。
だから許してやってくれ」
キタンは誤解しているらしい。俺の名が世間に知れ渡っている事は、別に大した問題じゃねえと
思っている。
シモンがそうしなきゃならねえなら、俺の名前や情報なんざ、どんな事だって世間に公表してやるよ。
「入院費まで稼いでくれてるシモンに、文句なんざ一つもねえよ!それにこの俺様の名前が知れ渡って
るたあ、良い気分じゃねえか!天下のカミナ様たあ俺の事よ……ってな!」
きっと今放送している番組の出演料だって、俺の入院費に回されるんだろうな。
俺の為に頑張ってくれているシモンを思えば、自分の名前が世に出るくらい何ともねえ。
むしろ光栄なぐれえだ。見知らぬ人物にまで俺の名が行き渡ってるってなあ、案外悪くないもんだ。
テレビに目をやると、シモンは表情をコロコロと変化させている。その様子が何時になく可愛く、
また話す内容も興味深いものばかりで、トークを聞いていても飽きが全く来ねえ。
「昔はあんなに人と話すのが苦手だったのになあ」
「デビューしたての頃は酷かったぜ。緊張してんの丸分かりでみっともねえし、声は震えて聞こえやしなかった」
「シモンを馬鹿にすんじゃねえ!!」
「あんな可愛い様子を馬鹿になんざするかよっ!!」
はっと、自分の発言に気が付いたらしいキタンが、顔を赤らめながら咳を一回ついた後にテレビへと
指を向けた。色々言いたい事はあるが、
取り敢えず黙ってその先を見ると、シモンが画面に向かって手を振っていた。
その笑顔に、どきりとする。
『では、無事回復されたお兄さんへの一言を……どうぞ!』
胸が高鳴る。
俺への一言って何だ、番組の企画か何かだろうか。
笑顔で手を振っていたシモンが、司会に促された瞬間に真剣な顔になった。真っ直ぐに、俺を見据えていやがる。
テレビには数え切れねえ程の視聴者が居るというのに、シモンは今俺だけを見て、俺だけに言葉を発しようとしている。
見知らぬ大勢の前で、シモンを独り占めしているのは、この俺ただ一人だ。
独占欲が満たされるようで、堪らなく心地良い。
キタンに勝った錯覚にも陥りそうだ。
『アニキ、目を醒ましてくれて……有り難う…!』
言葉の後に満面の笑みを向けられ、今この場でシモンを抱きしめてやりてえ欲望に駆られた。思い人に此処まで
やられて、何も感じねえ程俺は鈍感じゃねえ。
シモンに慕われているという事実が死ぬ程嬉しく、そして俺の抱く歪んだ愛情に申し訳なさを感じた。
その時、シモンの笑顔に涙が落ちた。
『俺もしかしたらアニキはもう…諦…怖くて…あれっ…涙…あ、あのっ…!!』
言葉の途中で、今度はシモンの両目から大粒の涙が綺麗に流れ落ちる。手で乱暴に顔を拭いていると、
スタッフらしき人物が真っ白いタオルを渡し、さらに司会の男はシモンの背をさすりながら「おめでとう」と
呟いている。
それを合図に会場全体で、おめでとう、という言葉が何度も大きく飛び交った。テレビには映ってねえ見学者や
スタッフ、そして出演者に声を掛けられる度、シモンは律儀に何度も「有り難う」と返していた。
意識を取り戻して良かった。
おめでとう。
「……有り難よ」
「カミナ……」
「自分の事だって実感は無えんだけどな、でもよ……こういうの、嬉しいな」
シモンは涙を流しながら、俺の覚醒を喜んでくれている。そして見知らぬ人々にまで、目覚めを
祝ってもらう。本来俺という人間を知らねえ人間は、俺という存在を意識にも留めず知覚さえしねえ。
それがどうだ、今ではこんなにも大勢が俺を祝ってくれている。
時間に取り残された恐怖とか、そんなもんはもう……どうでも良い。
「なあキタン、俺はどうしたシモンに酬いられると思う?」
こんなにも崇高な至福を味わせ、命さえも助けてくれたシモンに、俺はどんな礼をすれば良いだろう。
どんなに礼を尽くしたとしても足りねえ、俺の一生を捧げたとしても、この礼は返しきれねえ程に大きい。
シモン、お前は本当に凄え男だよ。
「……あ」
思い付いた、シモンに恩を返す方法を。
「俺がシモンを幸せにすりゃあ良いんじゃねえか…!」
「おまっ!恋敵を目の前にして、よくそんな事が言えたもんだな!」
「キタンは問題無え」
「何だとっ!!」
逞しい腕で頭を挟まれ、もう片方の手の拳で頭をぐりぐりを攻撃された。大して痛くはないその
拳から、キタンが遊び感覚で行っているのがよく分かる。俺の気楽な冗談に
乗ってくれるんだから、親友との会話ってのは本当に楽しい。
「……でもまあカミナ、俺がシモンの事を本気だって忘れんなよ!」
「へっ!お前よりも俺の方がシモンを幸せにしてやれるに決まってんだろうが!」
急に好きだ何だと言えば、シモンはきっと混乱しちまう。なら時間を掛けて少しずつ俺の想いを伝え、
最後にはっきりと告白するんだ。
シモンも俺も栄光の未来を手にする最高の計画じゃねえか。
「……お、来客だ」
キタンの声でドアを伺うと、そこには人影がぼんやりと粗い目の硝子に映っている。
何となく、シモンのような気がした。
ドアが開けられる。
「アニキ、お邪魔するよ」
当たりだ、我ながら感の鋭さに惚れ惚れするぜ。
「おぅおぅよく来たなシモーン!」
俺が起きているか分からなかったからだろう、静かにドアを開けたシモンは俺の顔を確認すると、
まるで花を咲かせたような笑みを浮かべて病室へ入ってきた。
「……あ、テレビ…」
俺がシモンの出演しているテレビを見ていたと分かると、此奴は気まずいのか俯くように表情を落とした。
笑顔で入って来たと思ったら次の瞬間には表情に影が落ち、
豊かな表情がテレビの中だけじゃねえんだと分かった。
さっきキタンが気にしていた事は、そのままシモンが申し訳なく思っている事なんだろう。
「あ…その、色々黙っててごめん。アニキの事とかテレビで出しちゃったり、俺がこんな事してたり…」
「似合うじゃねえか、テレビの中」
「…え?」
その一言で、シモンは全てを理解したらしかった。
俺はシモンの行いを何も気に留めちゃいねえ、むしろ感謝しているぐれえだ。その想いを言葉と笑顔に注ぐと、
シモンは真っ赤になりながら小さく笑った。
「しかしよぉ、てっきり生放送かと思ってたんだが収録だったんだな」
「この番組はね……でも昼は生放送の方が多いかな」
それだけ出演回数を重ねてるって事か、やっぱり人気なんだろうな。弟分がこんなにも立派に成長して、
兄貴分として鼻が高いぜ。
「あの、アニキ。情けないコメントだけど、見てくれたかな……その、迷惑だったら本当にごめん」
「シモン」
頭に手を乗せてから乱暴に撫で回すと、慌てたシモンが俺の手から逃げようとする。それでも
近くに引き寄せて頭を撫で続けるとやっと観念したのか、大人しくなって成すがままにされ始めた。
決して嫌がってはいねえ反応に嬉しく思いながら、俺はシモンの耳元に口を近づけた。
「嬉しいに決まってんだろうが!」
その瞬間。
ふわりと、まるで泣きそうな程に繊細な笑顔が浮かんだ。
きっと俺から発せられるであろう嫌悪や罵倒の言葉を覚悟していたんだろうな、それが正反対の言葉で返ってきたんだから、
安心したんだろう。俺はシモンに好かれているんだと、改めて実感させられた。
何とも気分が良い。
「……シモン、時間だ」
その時ドアを半分開けた男がこちらを見ながら、シモンに対して声を掛けた。
突然の事だったから吃驚したが、其奴は随分と前から病室の外で待機していたらしい。
其奴は俺の知らない顔で、記憶の何処を探っても覚えがねえ。
「おうおうおう!兄弟の会話に水を差すたあ、野暮な奴だ!名前くらい名乗りやがれ!」
「……ふん、野蛮な奴め。これが貴様の兄貴か、シモン」
「ま、まあ…落ち着いて…」
長髪を靡かせながら入ってきた目つきの悪い男は、俺のベッドの側まで来ると名刺を差し出してきた。
僅かな学生時代でさえ勉学に励む事の無かった俺は並んだ漢字に戸惑うも、此処で聞き返しては
みっともねえんで、根性で読んでやった。
何となく、此奴はいけ好かねえ。
「株式会社テッペリン……マネージメント事業部…な、何だ?」
テッペリンという会社は俺でも知っている。最大級の規模を誇るその巨大な会社は
あらゆる事業や開発に手を出し、数々の成功を生み出している一流会社だ。
到底俺とは縁の無い会社の社員が、何だって目の前にいやがるんだ。
「シモンのマネージャーをしている、ヴィラルだ」
こんなにも腹の立つ奴がシモンのマネージャーとは思わず、俺は目眩を起こしそうになった。
芸能界についてはさっぱり分からねえが、マネージャーといえばタレントの相方みたいなもんだろう。
可愛い弟の相方がこんな男たあ、俺にゃあ我慢ならねえ。
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カミシモ、キタシモ、これからヴィラシモやら色々増やしたいです!
シモンがテレビでカミナにメッセージを送るシーンは、
「テレビの前でも堂々とアニキとのノロケをぶっちゃけるシモンを見たい」とコメントで
下さった某方様へ送ります!(返品可能)貴方様のコメントが無ければ、このシーンは有りませんでした!!
有り難う御座います!
2007,10,07
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