7年を越えて 6





「あんな奴に愛想振りまかなきゃなんねえシモンも大変だなあ、おい!何とかヴィラルって奴からシモンを 引き剥がせねえのかよ!?」
 シモンとそのマネージャーと名乗るヴィラルって男は、俺と数度言葉を交わすと早足で病室を後にした。 仕事に追われて時間があまり無い中、わざわざ俺を尋ねてくれたんだと思うと、シモンの好意が心に染み入る。 俺がテレビを見たかどうか気になったのか、それともテレビを見た俺が何を感じたのか気になったのかは問題じゃねえ、 兎に角シモンは俺に会いたくて会いに来たんだというのは、これ以上無い程に嬉しかった。
 それだけなら良かったってのに。
「ああ見えて…まあ、ぼちぼち良い奴だぞ」
「信じられねえ、気に入らねえ、いけ好かねえ」
「……流石の俺も其処まで敵視はしなかったぞ……」
 何で気に入らないんだと問いかけるキタンに「直感だ」と答えながら、俺は暖かな日射しの差し込む窓に 目を向けた。
 ヴィラルという男が嫌いな理由、それは彼奴が俺を敵視していたからだ。
 病室に入って来た瞬間のヴィラルは、別段俺に対して特別な意識はしていなかったと思う。 だがシモンが俺に懐く様子を見てからだろう、目が合った瞬間にはもう奴の眼孔は鋭かった。
 ヴィラルはシモンを狙ってやがる。
 そして俺がシモンを狙っている事も、ヴィラルは気が付いたんだろう。同じようにシモンに気のあるキタン よりも、義兄でありシモンに慕われている俺の方が、警戒すべき存在とでも思ったんだろうな。
 上等じゃねえか。
「シモンはこれからも仕事なのか?」
「最近は彼奴の仕事なんて把握してねえけど、確か今日は学校じゃなかったか?仕事の後に学校に送っていくのも、 確かヴィラルの役目だったな」
 学校という言葉で、シモンは学生なんだという事実を思い出した。 ブラウン管の中の、 あんなにも華やかな世界に居るシモンを見ちまうと、学業に勤しんでいる姿が妙に想像し辛くて思わず吹き出した。
 そう言えばシモンは俺と同じで、あまり勉強ってものを得意とする人種とは言えねえ。 そんなシモンも頑張って勉強しているんだと思うと、応援したくなるじゃねえか。 まあ苦手ではあるが根は真面目なんだ、 たとえ仕事が忙しくても課題提出を怠るなんて事は無いんだろうな。
 さっきは私服だったが、学校へ行く時には制服に着替えるんだろうか。もし移動中の車の中で着替えを していたらと思うと、居ても立ってもいらねねえ。その四肢をあの男の前で晒す可能性を挙げるだけで、 その身を危険に貶めているシモンが心配になった。
 いや待てよく考えろ、制服のある大学ってのは少ねえだろう。
 混乱するな、落ち着くんだ。
 さっきまでは芸能人としてのシモンで頭が一杯だったが、今は大学生としてのシモンが思考を占めていた。
「シモンは今年で3年になった」
 頭上から欲している情報が降ってきた事に驚くと、顔を合わせたキタンが大きな笑みを向けてきた。
「聞きてえんだろ、シモンの事……教えてやるよ」
「へっ……済まねえ、宜しく頼むぜ」
 ついさっきまでは7年の空白を恐ろしくて触れたくもなかったと感じたのに、今はその隙間を埋めたくて仕方がない。 きっとそれはテレビでのシモンの本心を聞いて、置き去りにされた俺の精神が、やっと前を見据える決意を抱いた からだろう。一度決意すれば即行動に移すのが俺の利点だ。
「シモンの所属は理学部の地質学科」
 おう、何を学んでるのかさっぱり分からねえ。
「大学名は……ダイグレン大学」
「ダイグレン!?」
 その名前を聞いて、驚愕の為に思わず大声を上げちまった。学部と学科はピンと来る もんじゃあ無かったんで、大学も聞いた事の無いような所かと思っていたからだ。
 緊張で胸が張り裂けそうになる、まさかそんなにも 有名な大学の名前が飛び出すとは思っていなかった。驚愕が段々と興奮へ変化するのが分かる。
「ダイグレンって、あのダイグレン大学か!?」
「ったりめえだろうが!国立のダイグレン大学だ!」
「だ、だってよ……難関大学じゃねえか……!!」
 俺の知っているシモンは勉強ってものが苦手で、俺に国語や数学を聞きに来ては、 互いに解答の解説を理解する所から始めていた。途中から同年代のロシウの助けもあったお陰で、 中盤の成績を何とか維持していたというのに……そんなシモンが、まさか有名な難解大学に在籍してるたあ 誰が想像出来るだろうか。
「あ、言っとくけどよ……シモンそんな成績良くねえぞ。周りが頭良すぎて付いてけねえらしい」
「それでも良いじゃねえか!まずそんな大学に入れるってのが凄いだろうが!!」
 どれだけ勉強したんだろう、塾だか予備校だかに通ったんだろうか。
 高校時代から芸能界に入っていたんならその金もあるかもしれねえが、 芸能界に入りながらも塾通いってのは難しいだろう。だからといってバイトで塾代まで稼げるとは思えねえから、 結局は自力で勉強したとしか考えられねえ。
 難関大学に合格したのが凄いんじゃない、その結果に至る程の努力を積んだシモンが凄いんだ。
「その言葉を聞いて安心したぜ、カミナ」
「あん?」
「シモンがそんな大学を選んだ理由……今度聞いてみな」
「お、おう」
 俺にそう言うって事は、少なからず俺の為でもあるって事だろうか。よく分からねえが、 取り敢えずは言われた通りに今度聞いてみりゃあ良い。
「そういや、ロシウも今年同じ大学に入学したんだぜ」
「へえ、あのデコスケが……昔から頭良かったもんな」
 そういえば七年前に俺達が住んでいたのはド田舎の児童養護施設だった。そんな田舎の施設に金が有る筈も無ければ、 村自体の子供も減る一方で過疎化が進んでいた。 俺達が通った学校も全学年を一クラスに纏めている程に少なく、本来学年が違う筈のロシウとシモンも、 同じ教室で机を並べていたんだっけな。
 そんな環境で育った俺達だから、入学年度の違いというのは随分と大きな衝撃だった。
 ふと、今まで気にもしなかった疑問が思い浮かんだ。
「なあキタン、この病院ってよ……何処にあるんだ…?」
「……窓の外よーく見てみろ」
 キタンに促されて、光が差し込んで真っ白に見える窓を覗き込んだ。日の光に目が慣れて、 やっと外の情景が把握出来る。
 外の風景は至って単調。
 高層ビルが立ち並んでやがるんだ。
 車は道路を駆け巡り、交差点が幾つも連なっている。
 取り敢えず、この光景は田舎では有り得ねえ。今までぼんやり窓の外の風景を眺めてはいたが、 病院を出る瞬間なんざ大して想像していなかった。だから風景が頭に入らねえままで、この病院の場所さえも 考えなかったんだろうな。
「……都会、か?」
 有名な国立大学が側にあり、俺の状態に対処出来る程の設備を備えた病院で、芸能活動にも支障の無い 場所といえば、シモンの所属してる株式会社テッペリンの本社が有る都市だ。
 俺のアパートはどうなったんだろう。
 誰も住んでいない部屋に家賃を払い続ける事は無いだろうから、きっと引き払ってるとは思う。 しかし荷物はどうだ、決して多いとは言えねえが、それなりに荷物はある。それら全てをシモンが管理 してくれてんだろうか。
 分からねえ事だらけだ。
「カミナさん、入りますよ」
 ノックと共にドアから声が聞こえたかと思うと、俺の主治医が看護士を一人引き連れて病室に入ってきた。 時計を見ると日に一度行われる定期検査の時間で、それを察したキタンは 暫く時間を潰してくると言って席を外してくれた。
 医師に促され、心音と眼孔を診られる。 こんな生活を早く終わらせて、シモンとの生活を送りたい。
「カミナさん」
 一通り検査が終わった頃、主治医から声を掛けられた。 また何時も通りに健康を告げられるんだろう、考えると気分が滅入っちまう。 自分は健康そのものだってのに、病人として扱ってくる周囲の人間の対応が我慢ならなかった。 俺はもう無事なんだ、此処から出してくれ。
 俺をシモンの側に居させてくれよ。
「退院しましょうか」
「……あ?」
 今最も望んでいる言葉がこうも簡単に得られるとは思わず、俺は奇妙な声を上げて硬直した。 健康だ快調だと騒いでいた俺ではあるが、本当に身体が良くなっていたんだと思うと、 沸々と嬉しさが込み上げてくる。
「今日最後にまた精密検査をすれば、明日には退院出来ますよ。弟さんへの連絡はカミナさんがしますか?」
「お、おう!俺から連絡するわ……!」
 この狭い空間から抜け出して、毎日をシモンと一緒に過ごせるんだ。 7年前に行っていた生活をまた行う事が出来る。
 シモンと一緒に。
「よっしゃあああ!!!」
 早速荷物を纏め始めた俺に、医師は「荷造りは精密検査の後にしましょう」と、笑いながら促した。



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カミナ病院生活編が終了して、カミナとシモン同棲編が始まります。
と、何となく連載っぽく表現(笑)

2007,10,16

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