この幸せを
俺と彼女との間に、最期が訪れる事は分かっていたんだ。
だから有限の時間を、最後まで大切にしたかった。
彼女が俺の贈った指輪を付け、俺の為にその花嫁衣装を見せてくれる。
それだけで、本当に幸せなんだ。
嗚呼でもやっぱり、寂しいものは寂しいよ。
「どうしたのシモン?明日は結婚式じゃない、もっと笑って」
「ああ、そうだな……俺が楽しみにしてた瞬間だもんな」
七年掛けてやっと射止めた彼女に残された時間は、もう尽きようとしている。気を抜くと時折
身体が透けている彼女を見ると、俺の為に頑張ってくれているその意志が嬉しくて堪らない。
早く楽にさせてやりたい気もするが、彼女自身も結婚式を楽しみにしているんだ。
どうかもう少しだけ耐えてくれ。
「貴男だけじゃないわ、私も楽しみだもの」
「最初は断ったのに」
「それはシモンが分かりにくい言い方をしたからよ」
「ストレートな表現じゃなきゃ駄目なんだな、一つ勉強になった」
外から盛大な騒ぎ声が聞こえる。
アンチスパイラルに打ち勝ったんだ、今日くらい皆が騒いだって良いだろう。
新政府の人間も巻き込んで、宴会は地球全土で大規模に行われていた。通信では各星々の仲間も
祝杯を上げているらしい。
世界が「シモン」や「大グレン団」
の栄光を称えているのか、至る所で名前を呼ばれてくすぐったい。
宴会の席に呼ばれてはいたが、二人で居たいという想いを伝えたら、皆はその意志を受け入れてこの部屋を
用意してくれた。
俺達二人は静かな部屋の中で、残り少ない時間を堪能している。
「少し疲れちゃった。眠いけど、寝るのは勿体ないわね」
「確かに寂しいな、でもニアの身体が一番だ……側に居るから、休むと良い」
「それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」
俺の肩に寄り掛かったニアが目を閉じると、直ぐに小さな寝息を立て始めた。その愛しい存在を起こさないよう、
ゆっくりと抱きしめる。
やっと取り返した存在。
すぐに消えてしまう存在。
ニア。
「……人は何時か死ぬ。ニアとの別れは、それが少し早かっただけだよな」
同じ時間を共有して、同じ想いを体感して、同じ場所に生きている。それがどんなに幸せな事か知らない程、
俺は馬鹿じゃない。この腕の中にニアが居る、それだけで十分だ。
花吹雪の中、淡い桃色のドレスを身に纏ったニアが歩いてくる。
胸が高鳴って止まらない。だってそうだろう、俺達はこれから夫婦になるんだ。
何時も近い場所に居たから、夫婦になるといっても実感が湧かない。それでも俺達二人は自他共に認められた
関係になるというのが、何となく嬉しかった。
ニアの時間は、あと数分。
一般よりも格段に螺旋力を持っている俺には、掻き消えてしまいそうな存在が必死に現状を保とうとしている
姿が分かる。ニアの所まで駆けて、その身体を抱きしめてやりたい。
ニアが俺の目の前に辿り着くと、綺麗な笑顔を見せてくれた。
ロシウの司会進行により誓いの言葉を交わし、俺達は唇を合わせる。それは暖かくて、柔らかくて、
ニアと手を握った時に感じるよりも大きな幸福を感じた。
その瞬間ニアの背が光り輝いたのを見て、時間切れだと理解する。
「ニア、お前の事は忘れない。この宇宙が滅んでも」
「馬鹿ね、滅びないわ。その為に皆頑張ったんじゃない」
「ああ、そうだったな」
まだ、ニアは此処に居る。
七年前に、俺は一つの教訓を得た。人は何時居なくなってしまうか分からないのだから、
想いを伝えたい人が居るなら言葉を取っておかずに伝えようと。
「愛してるわ、シモン」
昨日の夜「それはシモンが分かりにくい言い方をしたからよ」と
言ったニアに俺の有りの儘の気持ちを、何にも例えず、湾曲に表さず、
単純でいて最大の言葉で告げたい。
俺の妻へ、俺の想いを。
「ああ、俺もだ……愛してる」
最後に満面の笑みを浮かべたニアは、満足そうに、幸せそうに、ゆっくりと静かに消えていった。
結婚おめでとう……俺と、ニア。
誰も欠けないで欲しいと願った最終話。
それでも消えていくニアと、それを見送るシモンの二人が幸せそうだったのが
印象に残っています。
普段ニアシモニアと叫んでいますが、最後くらいこう叫ぼうと思います。
シモニア万歳!!!!
2007,09,30
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