ステーキハウス





 アンチスパイラルに打ち勝った大グレン団が地球へ帰ってきた時、地上の人間は総出で彼らを迎え入れた。 民間人にも大グレン団にも政府にも被害が出た為に、皆色濃く湧き出る疲労感を隠せない。それでも 今日という特別な日を祝わずにはいられなかった。
 それから数ヶ月、カミナシティは完全に復興を終えた。



 ステーキハウスの店長をしている儂は、目の前に現れた客に対し一瞬どういう対応を取れば良いのか 迷ってしまった。そうこう迷っているうちに、雇った店員は二人の客に挨拶を告げ、返事を貰えた瞬間に 昏倒しそうな程の興奮を得ては騒いでいる。
 まあ仕方がないだろう。 元総司令にして元超弩級戦犯にして元大グレン団リーダー、シモンが堂々とステーキハウスに現れたのだからな。 それもニアという彼女を連れて。
 そんなシモンに対し、儂はどう接すれば良いだろうか。ジーハ村でしていたように、堂々と話しかけるべきなのか。 それとも元大グレン団リーダーという人間国宝を相手として、失礼の無い態度を取るべきなのか。
「村長、久しぶり。ああ…今はもう村長じゃないか」
「大きくなりよったなあ……シモン…」
 そしてもう一つ対応に困る要因が、シモンの容姿だった。地下での生活を送っていた時とは比べ物にならない程 に堂々とした態度と、自信に満ち溢れた目を儂に向ける。何事も前に走り抜けるだけのカミナとは違い、 物事を正確に把握するだけの思考も持ち合わせているらしかった。
「そりゃあ、二十歳を超えたんだから」
「そうだな……早いものだ」
 平均よりも著しく小さかった体は見違える程に成長し、無駄無く鍛え上げられた筋肉が 美しい。真っ直ぐ儂に向ける強い目は、 まるで全ての希望を背負っていけるだけの意志を有する事が感じ取れる。
「そちらは、ニアさんか?」
「まあ、私を知っているのですか?初めまして、シモンの妻……ニアです」
 新政府の総司令として活躍していたシモンが愛する女性、ニア。マスメディアの発達が始まった頃から、 それらの感心の大半は総司令へ向けられていた。その為にシモンが笑顔を向ける女性は話題になり、 何時しかその名前までもが公表されている。
 最後の戦いを終えた後に行われた二人の結婚式は、儂もテレビの生放送で見ていた。 何となく息子が良い嫁さんを貰った心境に陥り、涙を流した事は誰にも言えない。 出来る事なら、カミナの結婚式もこの目で見てみたかったものだ。
「これはご丁寧に。ステーキハウスの店長、シャクです」
 片手を差し出すと、彼女は堅く醜い俺の手を両手で包み込んだ。柔らかな感触に右手が包み込まれ、 とても心地良い気分になる。
「シャクさん、今日は美味しいお料理を御願いします」
 この顔で初対面の者の印象が悪くなる事が多かったが、彼女は そんな儂の外見など関係の無いような素振りだった。シモンも良い子を見つけたものだ。
「で、ステーキ食べたいんだけどさ……個室とか有るかな」
「う…うむ、特別な個室へ用意してやる!」
 引率して二人を案内していると、大グレン団のマークを背中にはためかせながら堂々と店の中を歩くシモンと、 長く綺麗な髪を靡かせながらシモンの隣を歩くニアに、他の客の目が集中しているのが分かる。 幾ら英雄カミナと英雄シモンの育ての親と宣伝しているとはいえ、 客も自分達一般市民がこんな大物人物を至近距離で見る機会が有るなどとは思わなかっただろう。
 儂が育てた子供は全ての人に尊敬される人物に育ったんだと、そう身勝手にも思ってしまった。
「わぁ、可愛い個室」
「こんな店にこんな部屋があったんだな」
 特別室に招待すると、部屋を一目した二人の驚く声を聞いて満足した。二人用なので多少小さい部屋だが、 それでも二人で食べるには十分過ぎる程の空間がある。装飾は雰囲気を出す為に凝ったデザインで、 椅子やテーブルも最高級の材料で作られている。
「なあ、シモン」
「……ん?」
「今日はゆっくり食べて行け」
「ははっ、そうさせて貰うよ」
 店の客に対しての礼儀と、過去にシモンを扱き使った態度と、地球を守ってくれた感謝を込めて、儂は 深々と二人に頭を下げた。頭を上げると驚いた表情のシモンが、見開いた目で儂を見ている。その後彼女と 目配せすると今度は二人で頭を下げ始めたので、店長としての儂はどうすればまたもや良いのか分からなく なってしまった。
「ふっ、二人共頭を上げてくれ…っ!」
「俺を育ててくれて、有り難う……村長」
「シモンを育てて下さって有り難う御座います、そして……今日は沢山ご馳走になりますね!」
 身近だったシモンという存在は、儂という小さな人間の元を抜け世界へ飛び出した。そして儂が決して 追い付く事の出来ない位置にまで駆け上った彼には、過去の位置など見えていないのだと思っていた。
 だが事実は違い、しっかりと儂の事を見てくれている。
 歳を取ると涙腺が緩くなっていかん。
「よし、二人とも今日の飲み物は全て半額だ!」
「どうせなら無料にしてくれよ」
「馬鹿者、働かざる者食うべからずだ!」
 儂とシモンと彼女の中で、最も働いてなど無い者は儂だろう。照れ隠しとしてまた虚勢を張ってしまったが、 二人ともジョークだと理解したのか盛大に笑顔を浮かべてくれた。
 二人から特Aメニューのオーダーを受けると、会話の邪魔にならんように席を離れた。 彼女がブタンモグラのステーキを食べるのはきっと初めてだろう。決して不味いとは思わせないよう 調理人に気合いを入れるよう伝えると、 其奴は相手があのシモンとニアだと聞いた瞬間に、料理人としての闘志を燃やし始めた。
 シモンは今、自分とは無関係の人間へこんなにも大きな影響力を与える人間になったのだ。
「店長!」
「ん?」
 厨房でぼんやりと回想に浸っていると、一人の料理人に声を掛けられた。
「店長は本当に総司令の育ての親代わりだったんですね、自分は店長がそんなにも凄い人だと改めて 実感しました!」
 育てたと言っても、親代わりと言って良いものか迷う。儂はシモンやカミナのように凄い人物ではない、 力の無い只の一般人だ。それでも凄いと称してくれたこの雇い人に、感謝の念が尽きない。少しでも 凄いと言ってくれるのらな、彼が思う凄い店長に少しでも近づこうと意気込む事が出来る。
 個室なので殆ど見えんが遠目からシモン達を見ると、二人は楽しそうに会話をしながらステーキを食べている。
 それだでけ、儂の心は愉快な程に弾んでいく。



「村長、ご馳走様。会計頼むよ」
「飲み物代は無料にしてやる」
「おっ、本当かっ!?有り難う村長!」
 テーブルに伝票を持って行くと、それを目に通したシモンは懐から一枚のカードを差し出した。 きっと彼女へ格好良い所を見せたいんだろうと邪推しながら受け取ると、 それは一定の地位や資産を持つ者に限られて発行される カードであり、シモンの立場というものを改めて思い知った。
「今日はご馳走になるわね、シモン。次は私が奢らせて頂戴」
「出来る事なら、ニアには俺がずっと奢らせて欲しいんだけどな」
 まるで恋人同士のような夫婦の会話に、思わず笑い声を上げてしまった。
「シモン、ニアさん、何時でも……またこの店に来て欲しい。儂らは何時でも歓迎する」
 定期的にで良いから、シモンの成長を今後も見守りたい。年齢的に言うならもう守られる歳を越えたが、 それでもシモンと儂の年齢差が縮まる事は無い。儂にとってシモンは純粋に、シモンだった。
 その想いとは裏腹に、彼女の眉が寂しそうに歪んでしまった。
「村長、俺達はもう暫くしたらカミナシティを出るつもりなんだ。静かな場所に家を建てて、 そこに二人で暮らそうと思ってる」
「……そうか、そうだったのか」
 そうしたら滅多に会えなくなってしまうだろう。親友ジョーとタキシムの忘れ形見の成長を見守る事が、 七年前からの儂の願いだった。しかしジョーの息子であるカミナはその命を散らし、タキシムの息子である シモンも、誰かを保護する立場へと移り変わるのだ。
 儂に出来る事は、もう何も無い。
「二人共、幸せにな」
 はい、と。重なる二人の言葉が、何時までも儂の耳の中で反芻した。

 少年少女が成長し、もう一度飛び立って行く。





本編終了したら書こうと思っていた内容。ニアが居なくなってしまいましたが、 書きたかったので書きました。
ビバ・自己満足!

2007,09,30

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