自身との邂逅
宙に身体が放り出された感覚の後、間を置かずに今度は地面に全身を叩き付けられた。
痛みに顔を歪めるも、この痛みを誰かが変わってくれる訳では無い。また俺はこの苦痛に耐えきれない程弱くもなく、
よって間接や骨に残る痛みに耐えながら身体を起こした。
「ひっ」
小さな声が聞こえて後ろを振り向くと、そこには目の下に険しい隈を作った少年が居た。
腰元にサラシを巻いただけの裸に、青い上着を羽織っている。左腕の上着の上からは、
赤い布が巻かれているのを見て、俺は目の前の少年が誰なのかを理解した。
理解しなくとも、これ程に見覚えのある顔を忘れはしない。
窓は無いが暖かな気温を感じた
所、今は昼間なんだろう。それでも電気を付けないこの部屋には、薄暗い印象しか見受けられなかった。
この薄暗い部屋も、また印象に強い。
「だっ、誰…っ!?」
「……シモン」
「そんな馬鹿なっ!何言ってるんだよっ!」
目の前の少年は精神的に落ち込んでいる時期だろうが、別の人物が俺の名を聞いても驚くだろう。
少年の名は、シモン。
そして俺の名前も、シモン。
俺と此奴との違いと言えば、歳だけだった。
「何で急に現れたんだよっ、一体何処から…!」
「次元に飛ばされた時に、落ちた場所が偶々此処だったんだな」
「次元?飛ばす?何の話をしてるのか分からないよっ!」
混乱するのも無理はないだろうけど、自分自身に否定されるってのは結構辛いもんだな。
だが無理もないだろう、未来の自分がいきなり現れたなんて簡単に信じられる話じゃあない。
「邪魔して悪かったな。俺も仲間の元に戻りたい、直ぐに出ていくさ」
痛む身体を起きあがらせ、大地に両足を着ける。痛みで一瞬苦痛が全身を駆け巡るが、そんなことを
気に留めている暇は無い。神経を集中させて螺旋力を放出すると、緑の光に包まれた俺の姿に、小さな俺が
驚いている。
そういえばこの頃は、螺旋力なんて存在を知らなかったんだっけな。
「いっ……っ!」
しかし突然右手に生まれた痛みにより、集めた螺旋力が飛び散ってしまった。そういえば攻撃を受けた瞬間、
ラガンのレバーを握る腕を痛めたんだ。
「だ、大丈夫……ですか?」
「大丈夫大丈夫。少し痛いだけだ……ははっ、情けないな」
この程度の痛みで集中力を途切れさせるなんて、俺の疲労も相当蓄積されているらしい。宇宙へ飛び出してからは
休み無しの戦いだったんだから、仕方の無いことだろう。
「何で……そんなに、頑張るんですか?」
「ん?そりゃあ自分の為だからな」
胡散臭いと思いながらも小さな俺は、この俺に対し若干の興味を持ったらしい。距離を保ちながらも、
俺へ目つきの悪い視線を送ってくる。
「助けたい子が居る、守りたい場所が在る、死んで欲しくない人が居る。だから頑張ってるんだよ」
「でもどうせ人は死ぬんだ」
これはまた、いくら自分といえども可愛くない答えだ。嘗ての自分がこんな態度を周囲に当たり散らしていたんだと
思うと、今更ながらに申し訳なくなった。ニアはこんな俺をずっと信じてくれたんだな。
「そりゃあ人は死ぬさ。でも生きている間にやりたいことがあるし、次の世代の為にも地球を残したいだろう?」
「次の世代だなんて……そんなの分からないよ」
そうか。十四歳の俺からしてみれば、まだ託される側の世代なんだな。そんな状態で次世代を意識しろと言われても、
確かに無理があるだろう。
「俺の知っているギミーとダリーは、今立派になってる」
「あの二人が…?」
「将来はグレンラガンの乗り手を譲るつもりだ」
「そんなっ、だってグレンラガンは俺とアニキの……!」
大きな声を上げ始めた小さな俺の口に人差し指を当てると、驚いたのか急に大人しくなった。アニキを
失ったばかりの今、彼の象徴ともいえるグレンを他人に託すという事実が許せないんだろう。
「もちろんこれは俺の考えで、お前の考えじゃない。お前はグレンラガンを自分で守れば良い」
「う……うん…」
そう。これは俺の意見であって、小さな俺の意見ではない。意見の選択が出来るんだ、正しいかどうかを
判断するのは自分なんだから、互いに良いと思う選択をすれば良い。
「俺の時空は今が本当に瀬戸際な時だから、それを乗り越えて平和を取り戻したい。
取り戻した平和をギミーやダリー
達に与えてやりたいんだ。そうしたら、後は次の世代が平和維持の為に頑張ってくれるさ」
小さな俺には実感が持てない話だろうが、今の俺がそう感じているように、
グレンラガンが俺とアニキだけの存在ではないと思う日が来るかもしれない。
その時は、平和の為に有意義な力を持ったガンメンを活用出来る方法に気が付くだろう。
次世代に託す。
俺の死後もそれを繰り返せば、グレンラガンが埃に埋もれることは無い。
「ギミーやダリーに幸せになって貰いたいし、将来もし俺に子供が出来たなら、
その子の為にも平和な世界を用意してやりたい。それに平和は続くに越したことは無いからな。
結局人の為と良いながらも俺の為でもあると思うんだ、俺の子供が幸せならそれは俺にとっても幸せだから」
暖かな家族、という構図に憧れているのかもしれない。幼い頃から両親の亡い寂しい生活を送っていた為か、
俺は暖かな家族を望んでいる部分があるだろう。落石に怯えず、誰一人事故で死ぬ危険の無い世界での生活。
平和。
平和の維持。
だがそれは今の俺の勝手な願いであって、幼い俺にその意志を押し付ける気は無い。しかし目の前の俺が
俺と同じ考えに至ってくれると、やはりそれは嬉しいことだ。まあ小さな俺が、俺とは違う結論を導き出す
のも面白い事だし、また大切なことだろう。だからこの考えを、一つの在り方として受け留めて欲しい。
「こ、子供だなんて……相手が居ないと…」
「俺は今プロポーズして了解貰ってる女が居るぞ」
「えええぇぇぇえええっ!!?」
流石に驚いている。この頃の俺は彼女を作るやら、結婚といったことに無縁だと思っていたんだっけな。
「そそそそ、その人に…ここっ、子供…産んで…もらいたい……の?」
「…あ、まあ……出来るなら…」
こう真っ正面に聞かれると恥ずかしいけど、でも初めて俺の抱いている願いを聞いてくれたみたいで嬉しい。
ニアを救い出したら、俺は二人で何処かに暮らしたい。
そしてもしニアが良いと言ってくれるなら、俺の子供を産んでもらいたいと思っている。
ニアが俺と同じ想いを抱いてくれていると嬉しいが、それを確かめる為にもまずは彼女の救出と、地球の
死守だろう。
「凄い……俺はそういうの、無いから…」
「それは考えてないからだろう?」
この頃の俺はアニキが全てだった。
アニキの夢が俺の夢で、アニキの願うことが俺の願いだった。それでも別に良いんだろうが、俺は
自分の願いに気付かずに接していたんだ。アニキを尊敬しすぎる余り、自分の願いを厳かにし、そして
自分の意志を蔑ろにしていた。
「お前は部屋に閉じこもって何がしたいんだ?」
「俺は別に……何も……」
「そうだな」
「………………」
「この狭い部屋でしたいことが何も無いってのは、本当はこんなことしたくないってことだろう?」
びくり、と。
小さな俺は身体を大きく振るわせた。図星だったんだろう、耐えきれないのかポロポロと涙を流し始めてしまった。
冷静な感情と威圧的な感情の差が激しく、態度と思考が一貫しないんだな。それに加えて仲間である筈の皆の態度は、
当然の如く悪いものへとなり、もう修復の兆しさえ見えないという恐ろしい状況に居るんだろう。
確か、俺がそうだった。
「お前はもう、今後どうすれば良いのか分かる筈だよな……だから俺は何も言わない」
「ははっ、凄いなあ……俺のこと何でも分かるんですね」
「お前は俺だからな」
「でも俺は貴方みたいに強くないです」
そう思っているだけだ、小さな俺は、自分の力を知らないだけだ。
自分を知って、自分の出来ることを目指せば良いんだということを知らない俺は、
その答えを探すのに随分と苦労したのを覚えている。
「頑張れ」
ポンと頭に手を乗せて、自分と殆ど変わらない触り心地の髪を静かに撫でた。
誰かに甘えたい時、俺は抱きしめてもらうか、頭を撫でてもらうと安心出来る。だから自分が小さい俺が
少しでも安心出来るように、その頭を撫でてやった。
「……そうですね」
やっと、小さな俺の顔に笑顔が浮かぶ。
「さてと……そろそろ行くかな」
ろそろ身体の痛みも消えてきたから、もう一度次元を越えてみようと螺旋力と意識を集中させた。
淡い緑の光がなかなか生まれでない所を見ると、痛みが消えていても疲労はあまり回復していないらしい。
「俺……大きくなったら、貴方みたいになりたい」
その時、身体が硬直した。
小さな俺から発せられた言葉に、思考が一瞬にして消え去ってしまった。小さな俺には
相変わらず隈が出来ているが、出会った当初とは違い、その大きな瞳には生気が感じられる。
大きくなったら。
貴方みたいになりたい。
ぽろりと、俺の頬に涙が流れた。
「どっ、どうしたんですかっ!?」
自分でも信じられない事態に呆然とするが、それでもこの涙は苦痛ではなく、心地の良いものだ。
俺を心配する小さな俺の声は、俺に心地良さを与えてくれた。
「俺みたいに……なりたいか?」
「……は、はい!!」
俺はアニキと出会ってからは彼のような男になりたいと願い、そしてアニキを無くしてからもその願いは
変わらなかった。アニキになりたいのではなく、俺らしさを尊重しつつもアニキのような器の大きさ、
寛大で強大な精神を持つ不屈の男になりたかった。
今日という日まで、それを目指してきた。
「ははっ、有り難う。お前の言葉は俺の誇りだよ」
目が熱い。
抑えきれない嬉しさと比例して、頬には涙が絶えず流れた。こんな形で確認が取れるとは思わず、
歓喜の念に身が震える。
「あの、嫌だったですか?俺なんかが、貴方みたいになりたいだなんて……」
「そんなこと無いさ、嬉しいから泣いてるんだ」
例えこうなりたい、という目標を目指して突き進んだとしても、自分が願い通りの成長を遂げているのかは
分からない。今の自分に不満がある訳でもなく、むしろ現在の自分に対し誇りと自信に満ち溢れている。
それでも今の自分は、当初に自分の願った姿なのかどうかは分からない。
小さな疑問は、目指す道が正しいのだろうかという不安を誘い出す。
大きくなったら、貴方みたいになりたい。
だから小さな俺の発したその言葉は、この俺が目標を定めた理想の姿へと、無事に成長を遂げているという証拠だった。
俺は嘗て「こう成りたい」と思った自分に、無事成長することが出来たんだ。
俺は俺の理想とする姿に成れたんだ。
「……お前はもっと良いお前になれるよ」
「そんなっ、俺には無理です」
「お前は俺だけど、俺の人生はお前の人生じゃない」
この小さな俺は、もう今の俺と全く同じ道を歩む事は無い。
俺と出会ってからでも、もう数え切れない程の分岐を進んで今の会話に至っているんだ。数年後、数十年後には
全く違う俺へと成長しているんだろう。
「俺より良い人生にも悪い人生にもなれるさ、元々自分の人生なんて他人と比べられるもんじゃないからな。
だから常に最善を尽くしていれば、それはお前にとって俺よりも良い人生だ」
「……はい…!」
俺にとっては今の自分が最善であり、そして誇り高い存在だと自身を持って言える。だけど小さい俺には
俺という存在が自分ではないんだ、この別次元の俺がどれだけ立派になるのか見れないのは少し寂しいが、
きっと自分にとって誰にも恥じることのない己を手に入れるんだろう。
「俺、ニアと話し合ってみます。こんな狭い部屋に引きこもってるのが馬鹿らしくなりました」
「良いことだよ、今すぐ行って来い!」
「はい!!」
小さな俺は立ち上がると、一度会釈をしてからドアを開けて駆け出して行こうとした所で、
急に振り返った。
「有り難う……未来の俺」
それだけ言うと、身を翻して光の指す場所へと抜け出して行った。
周囲に反発していた先程とは
違い、今飛び出していった小さな俺は、この瞬間の最善を果たしに行動を開始した。
これだけでも、俺との違いは大きい。
もう大丈夫だ。
後は小さな俺に負けないように、俺自身も最善を尽くそう。
元の次元を求めて、俺は意識を集中させた。
自身との邂逅。
と、いうのはパラレルでは一度くらいやってみたかった内容でした!!
此処での小シモンが成長して、アバンシモンに
成長する。という裏設定を作っては自分一人で楽しんでおります。
2007,11,15
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