親友





 元総司令に似ている人が今、この島の宿に居る。
 生徒からそんな話を聞いた私は、校長に許可を取って一時間の外出許可を貰った。元々授業は終わり、 翌日の授業の確認をしていた所なのだ。アンチスパイラルに勝利した後、地球にもこの島にもこれといった 災害は無い。平和な島であり、授業も終了している。
 たった一時間の外出しか申請しなかった私に対し、校長はむしろ疑問を投げ掛けてきた程だった。
「先生も見に行くの?英雄に似た人」
「ええ、そうよ。皆も行くの?」
「行く行く!本物だったら、俺サイン貰うんだっ!!」
 嘗ての戦いから、七年の月日が流れた。結婚式の式場から旅立ったきり、シモンから連絡が来た事は無い。 運が有ればいつか直接会えると、そういう意味が含まれているのかもしれない。
「それじゃあ、行きましょうか」
 シモンが行き先を告げないのと同様、私が教鞭を振るう島も、シモンは知らない。だからもし本人だったなら、 その時は久しぶりに会話をするくらい、構わないと思う。
 生徒達と共に、島で一つしかない宿へと向かった。
 小さな村では噂は一瞬で広がる為、宿へ向かう道で出会った島民は皆同じ話題で持ち切りだった。 戦いの最中の報道で、自分が大グレン団のヨーコだと分かり、村に帰って来た時は私の事を皆が話していた状況に よく似ている。
「あらヨーコ先生、大変よ!」
「有名人が来ているんでしょう?」
「そうよそうよ!私顔見たけど、本人だったもの!」
 その言葉に、子供達の興奮する声が聞こえる。だからだろうか、私の胸も妙に鼓動を高めていた。 久しぶりの戦友に会うからだろう、胸が高鳴り、楽しみで仕方がない。
 私の今の格好を見たら、一体どんな反応をするかしら。
 シモンはどれだけ老けたのかしら。
 私も老けたと思われるのかしら。
 緊張するけれども、その緊張が心地よかった。
 子供達に連れられた、島の小さく古い宿。その大きく重い扉に手を付き、一度だけ深く深呼吸をした。 少しずつ自分が落ち着いていくのが分かる。久々の戦友との再開に、緊張していると感じ取られたくは無い。
 さあ、扉を押そう。
 そう思った時、私が力を入れる前に扉が動いた。
 誰かが宿から出てくる。
「………あれ、ヨー…コ?」
「……随分良い男になったんじゃないの、シモン?」
 その声も、その姿も、あれから随分と大人びたものになっていた。それでもやっぱり目の前に立つ人は、 私の仲間のシモンだった。
「ヨーコ先生の事知ってるんだっ!!」
「じゃあこの人はシモンなんだねっ!!」
「うおっ!?ちょ、抱きつくなって!」
「サイン下さい!!」
 思い出話も今の状況説明を始める間も無く、シモンは子供達に囲まれては、手や服を引っ張られていた。 口では困っている風でも、思いの外子供を可愛がっている様に感じられる。
「はい皆、ここは宿の入り口よ。迷惑になるから、これから学校に戻りましょう」
「……俺の意見は無し…なのかな」



 学校に着くと、シモンは積極的に子供の相手をしてくれた。質問には全て答え、時には一緒に木登りまでしていた。 英雄とまで言われたシモンの、その屈託のない笑顔が懐かしい。
 夕方になり、日が暮れて暗くなる前に無理矢理子供達を帰宅させると、校長がシモンと私を宿直室へ招いてくれた。 私達にお茶を出すと、久々の再開を気遣ってか隣りの職員室へと姿を消した。
「それにしても、驚いたよ。ヨーコがこんな島に居るなんて」
「あら心外ね、良い島なのよ……こんな島でも」
「ははっ、訂正するよ。こんなに良い島に居たなんて」
「宜しい」
 七年ぶりのシモンとの会話はやはり以前とは違い、今はどことなく落ち着いた雰囲気を醸し出している。 精神的に大人になったのだろう。教師を務めていると、そういった心情の変化を強く感じる。
「ヨーコは教師なんだ、良い先生なんだろう?」
「良い先生かどうかは分からないけど、満足してるわよ。そういうシモンは?」
「俺も満足してるよ……この放浪の旅。まだまだ知らない事が多すぎるんだって実感する」
 私は一つの土地に安住する事を選んだ。シモンは各地を行き渡る事を選んだ。同じ歳で、同じ事をして、 同じような生活を送っていたのに、いつの間にか正反対な部分も多くなった。
 そんな点を探すのも楽しい。
「ロシウ達とは連絡取ってるの?偶には何かしてあげないと、寂しがるわよ」
 以前ロシウと電話をした時に「シモンさんはどうしているんだろう」と、心配していたのを覚えている。 他人に干渉しすぎる……という訳では無いのだから、偶には生存報告くらいしてあげれば良いのに。
「あそこに連絡すると、カミナシティが恋しくなりそうだからな……」
 シモンにとって、カミナシティや新政府は思い入れの強い土地なんだろう。私にとってのこの島がシモン にとってのカミナシティであるなら、その場を捨てるのは辛くなかっただろうか。
「……それに連絡一つで大騒ぎになった。前に一度だけ連絡したら、テレビにラジオに新聞に雑誌に……酷い 有様だったんだからな。見出しまで覚えてるよ、新政府に届いた前総司令シモンの、 現総司令ロシウへの通達とは!?……あれには参った」
 そのニュースには聞き覚えがあったので、思わず吹き出してしまった。シモンのファンは全国に、勿論新政府内にも 数え切れない程存在する。世間に自慢したいと願う者は後を絶たないだろう、どんな所からでも情報が漏れるのは 仕方がない。
「流石は天下の大グレン団リーダーね、誰でもシモンの事は気になるわよ」
「元総司令兼元超弩級戦犯兼元大グレン団リーダーじゃあ仕方ないのか……」
 元穴掘りシモン、ではない所を見ると、今のシモンに当てはまる通り名は「穴掘りシモン」なんでしょうね。
 穴掘りシモン。
 私が初めてシモンと出会った時、彼は「ジーハ村の穴掘りシモン」だった。それが今ではこんなにも名称が 増えている。それだけの経験と結果を残してきたからこそ、シモンの名は世界に轟いている。
 けれども、結果とは良い事だけではない。
「シモン、偶にはこの島に遊びに来なさいよ」
「ヨーコ?」
「此処は新政府と違って小さな島よ。皆も貴方には興奮するかもしれないけど、直に周囲が慣れて静かになるわ……私 みたいに。だから偶には遊びにきなさいよ、グレン団の頃からの……友達でしょう?」
 同じ歳の仲間で、背中を預けあった。大グレン団の名が轟く前の、グレン団の頃から同じ時を過ごした。 大切な男を亡くし、大切な女を亡くし、それでも互いに大切な人の姿と言葉を胸に生きる事を選んだ。 正反対の生活を送る事はあっても、やはり共通点の多い友。
「……男と女の友情はあり得ないって話はよく聞くけど、ヨーコと一緒だと、それは間違いだって実感するな」
「本当よね、失礼しちゃう噂だわ」
 シモンも同じ考えを持っていてくれているのだろう、それが分かっただけでも今日彼に会えて本当に 良かったと……幸せだと思える。

 私達は、親友だと。





シモンとヨーコは似たもの同士だと思います。
二人はこっそり仲が良かったりすると良いなあ。

2008,01,09

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