星形のサングラス





「シモンさんの星形ゴーグルって、ダサカッコイイですよね」
「ダサいは余計だ、ギミー……」
 結婚式を直前に控えたシモンさんは、用意されたタキシードを苦労しながら着ている所だった。 服は全て係りの人が着せてくれる手配がされているのに、「ニアとの結婚式だから、このくらい自分で準備したい」と、 一着の服に対して四苦八苦している。
 そんなシモンさんにどんな声を掛けていいのか分からず、今まで思っていた本音がうっかり喉から顔を出してしまった。
「ギミーは掛けたいと思わないか?」
「え…っと、いや……俺には似合わないですから」
「ははっ、もっとハッキリ言えよ」
 差し障りのない回答をしようと思ったら、やっぱりシモンさんにはお見通しのようだった。 シモンさんが付けるからこそ「ダサカッコイイ」という評価を下せるのであって、俺では「ダサい」の領域を 脱出する事が出来ないのは確実だ。
 やはり、シモンさんにしか似合わない。
「俺はあのゴーグル……いや、サングラスかな?気に入ってるんだ」
 シモンさんは良くも悪くも掛けこなしているのだから、気に入っていても不思議では無いだろう。 俺だって戦闘中はあのサングラスも本当に格好良く思えた。
「カミナさんのサングラスに似てるからですか?」
「もう一歩で正解」
 真っ赤なサングラスを掛け、真っ赤なマントをはためかせる男の姿は、今でも脳裏にうっすらと覚えている。 シモンさんの姿は、彼の姿によく似ていた。
 シモンさんがあのサングラスを気に入る理由、他には何があるだろう。少し考えてみたが、 思い浮かばなかった。
「済みません、分かりません」
 少し寂しそうな顔をしながら、今はもうないゴーグルの位置へと手を伸ばしたシモンさんは、 カミナさんの様に切られた髪へと静かに触れた。
「……歴代の大グレン団リーダーの、魂を引き継いでるからだ」
 ふと差し込んだ強い日の光で、シモンさんがよく見えない。逆光の中に佇むシモンさんの表情は伺えないが、 強い口調だけは、俺の目を射る日の光と同時に全身を包み込んだ。
「アニキとキタンは、それぞれ俺に全てを託してくれた……俺は、全てを受けた。その証拠があのサングラスの形 なんだよ……ギミー」
 はっとする。
 大グレン団のメンバーなら、その意味を一目見れば分かる。だからこそ格好良いと感じたというのに、 平和が訪れてから再度思い返しては、ダサいだの何だのという無駄な評価を下すだなんて馬鹿げていた。
「シモンさん、俺もそのサングラスが掛けられるかな」
「……残念だけど、ギミーには無理だ」
「なっ、何でですかっ!ダサいと思った事は謝ります!謝りますからっ!!」
 小さな頃から優しかったシモンさんから、まさか拒絶の言葉を投げ掛けられるとは思わなかった。 それはまるでお前は仲間じゃないと、そう告げられているように感じられて涙が零れそうになる。
「ギミー、あれは俺にとって大グレン団のリーダーの証みたいなもの……だって事は分かるだろう?」
「はい、よく……分かります」
 俺はシモンさんにとって、リーダーになるだけの器が足りないのだろうか。カミナさんとキタンとシモンさんの、 三人の意志を受け継ぐだけの力量が不足しているんだろうか。
 悲しくなって自然と俯いてしまったら、シモンさんが俺の頭を撫でてくれた。何時もならこんな子供っぽい 行為をされたら腹が立つのに、今はその優しさが無性に嬉しい。
「大グレン団は、俺の代で終わりだからだ」
「……え?」
 不滅の大グレン団。
 それが、俺の思い描いてきた大グレン団の姿だった。これからも全ての惑星と全ての次元の先頭に立って、 平和の為に活躍していくんだと……そう、思っていた。だからまさか、終わるという言葉をシモンさんから聞くとは 思わなかった。
「なっ、何で……っ!」
 シモンさんは他の誰よりも大グレン団を大切にしてきたのに、何故終わらせてしまうんだ。あんなに思い入れの強い 組織を、何故自分から放り投げてしまうというんだ。
「駄目ですよっ!」
 何よりも、シモンさんは必要とされている人間なんだ。急に居なくなられては、皆が不安になるだろう。
 小さな頃から総司令として、リーダーとして、ずっと多くの人の為に尽くしてきたのだから、好い加減 シモンさんは自由を得るべきなのかもしれない。だがそれでも、姿を消すにはあまりにも衝撃が大きすぎる。
「これから、誰が人間を纏めていくんですかっ!」
「ロシウが居る。新政府が有れば大丈夫だ」
 脅威が衰退した今、確かにロシウ総司令率いる新政府が存在すれば、混乱を押さえる所か安泰が約束されると 考えて間違いない。何か、何かシモンさんを引き留めさせる要素を探さなければ。
「で、でもっ!もし何かが襲ってきたら……っ!」
「アンチスパイラル以上の敵は……きっと、もう居ない。仮に何かが襲ってきたら……」
 ぽんぽん、と。シモンさんは俺の頭を二度撫でた。
「ギミーが居る」
 嗚呼、その言葉は反則だ。
 俺は認められていないのかと思っていたが、そんな事はなかったんだ。むしろ逆。シモンさんは、俺に託してくれた。
 俺になら任せられると、そう言ってくれた。
「ギミー……俺は今、幸せだ」
 いつの間にか着替え終わったシモンさんは、腰に手を当ててタキシード姿を見せてくれた。
「世界は平和で、優秀な総司令に、それを補佐する仲間、そして意志を継いでくれる後継者が居る。 しかもこれから惚れた女と結婚するんだ、最高だろう?」
「ははっ、そうですね」
 シモンさんを見ていると、連なる歴史が自然と見えてくる。今の笑顔を作り出すまでに、どれだけの体験を してきたか。
 託されて、切り開いて、成し遂げて、勝ち取った。
 シモンさんの行動を支える事の出来た自分に、誇りを感じる。
「シモンさんの意志、俺が受け継ぎます」
 にこやかに式場へと向かったあの笑顔を、俺は一生忘れない。




 右手を握ると、そこにはコアドリルの感触がする。
 夫婦になった瞬間に、その相手と永遠の別れを告げたシモンさんは、総司令でもリーダーでもなく、 シモンとして俺達の前から旅立っていった。彼が自由を得られ続けるように、俺は全てを守ろう。
 サングラスは貰えなかったけれども、受け継いだ男の魂を胸に抱き続けて。




シモンのダサングラスはダサいけども格好良い。 そしてあの色と形の意味が、もう涙無しには語れない!
例え自分が居なくなっても、その意志を託せる相手が居る幸福。その相手が託された意志と自分の意志を、 また別の仲間に託せる至福。
人間って良いな。by日本昔話ED

2008,02,29

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