歩幅の違い





 置いて行かれる。
 アニキの歩幅は大きい。
 一歩の距離が短い俺は。
 アニキの歩幅に少しでも付いていけなければ、置いて行かれる。
 そんなの嫌だ。
 ヨーコは楽にアニキの後を追っている。
 それどころか、肩を並べて歩く事も多い。
 なら、俺は?

 このままだと取り残される。



「うわっ!」
「うおっ!……っとぉ、ど、どうしたシモン?」
 嫌な夢を見た。  全身を駆ける冷や汗が静まるのを待ってから、俺は辺りを見回した。 どうやら俺は今岩場の陰で横になっているらしく、体に被せられた毛布を両腕で握り絞めていた。 記憶が正しければ、確かラガンに乗っていた筈なのだが……何かあったのだろうか。
 ふと、額に違和感を感じる。
「あ……アニキ」
「何呆けた顔してんだよ、まぁ俺の事が分かるなら大丈夫か」
 額に手を乗せたと思ったら、アニキはそのまま俺の額に当てられていた布を剥ぎ取った。 一瞬にして頭の軽さを感じ、初めて布が水気を帯びていたのだと知る。 どうやら俺は、看病されているらしい。
「お前ラガンの中で目ぇ回してひっくり返ったんだぜ」
「え、何?……目?」
「あーっと、何だったかな。疲労?まぁ、疲れが堪って倒れたんだってよ」
「そうだったの!?ご、ごめんアニキ」
 足を、止めさせてしまった。
 地上に出て、数ヶ月。
 アニキには休む暇さえ惜しい時期だろうに。
 俺が足を引いてしまった。
 何て事だろう。
「何そんな辛気臭い顔してんだ、無理すんじゃねえ。休める時に休んどけよ」
「……うん」
 有り難う……その言葉が出てこなかった。迷惑を掛けているのだから謝らなければならないというのに、 感謝の言葉なんて言える筈がない。
「どうしたシモン、元気がねえなぁーおい」
「そんな事無いよアニキ、俺は何時だって元気だよ」
 そう、元気はある……ただ怖いだけだ。
 体が怠くて自由に動けない今、置き去りにされたら付いて行けない。
 ポン、と。
 その時、頭の上にまた重さを感じた。
「ねぇ、アニキ……どうしたの?」
 頭の重さの原因は、アニキの手の重さ。
「どうしたって、そりゃあお前の頭撫でてんじゃねえか」
 俺が聞きたかったのは理由の方だけれども、アニキはどうにも気付いてくれなかった。 腕を振り払う必要も無ければ、俺自身が嫌という訳でも無いので身を委ね続けていたが、 ふと日の傾きを伺うと、随分長い間今の状態が続いてしまっていたらしい。 そろそろ、身体を動かさなければ辛い。
「あ、アニキ……楽しい?つまらなくない?」
「んー…いや気持ち良い」
 何がっ!?
 アニキは頼り甲斐のある格好良い男だけど、時折大物すぎて何を考えているのか 分からない事がある。むしろアニキの考えを分かる時の方が希なのかもしれない。
「悪いなシモン……お前の事、考えて無くてよ」
「……え?」
 変な言葉だ。アニキは何時だって俺を気に掛けて、俺に手を差し伸べてくれたの に……ジーハ村に居た頃から、一番俺の事を考えてくれたのはアニキだというのに、何を言い出すのだろう。
「俺も、その……地上に出て浮かれてたんだな」
「何言ってるのアニキ、アニキは俺に優しくしてくれるじゃないか」
「……俺はシモンを振り回してた」
 それは、俺を地上に連れてきた後悔を表しているのだろうか。
 身の氷るような寒気を感じると、恐ろしくて泣きたくなった。
「あーいやその、本当無茶言ってきて悪かった!だから泣くな!謝るからよ!!」
 アニキは何か誤解をしているらしいが、手を合わせて必死に謝る姿が妙に新鮮で面白くて、 少しだけ元気が出てきた。
 どうやら俺の存在を後悔されてはいないらしい。
「年齢差をもっと考えるべきだった。俺よりも体力が無いシモンに散々無理させちまって……俺は アニキ失格だ」
「そ、それは俺が情けないのが悪いんじゃないかっ!アニキが謝る事なんて何も無いよっ!!」
 後を付いていくのが俺の立場。
 付いていけなかったら、それは俺にアニキと同じ道を歩む資格が無いという事だろう。 俺が情けない原因を、アニキがもたらしている訳では無いのだから。
「お前……この小さい体で俺と同じ事しようと思ってたのか」
 真っ直ぐに俺を見据えるアニキの顔は驚愕に満ちていて、まるで彼らしくない様子は逆に俺を驚かせた。 俺はそんなにも変な言葉を口にしただろうか。
「ちっ、小さいは余計だろう!?」
「はっははははは!悪い悪い!」
 肉体的にアニキの後を追うのが困難なのは、俺の体が未熟だから。
 アニキはそう言う。
 考えた事無かった。
 確かにそうかもしれない……限に俺がアニキと同じ重さの物を持ち上げるなんて考えただけでも無理だ。 でも……あと数年、もっと成長してアニキと同じ歳になれば、改善されるかもしれない。
 そう、数年後にもっと……俺が強く逞しくなれば。
「アニキは俺が邪魔じゃないの?弱くて要らないって思わないの?」
 数年後にアニキに追いついたとしても、今日明日は無理だ。俺の体は、大した体力も無い 弱々しい姿でしかない。
「あ?んな訳あるかよ、お前が居なかったら俺ぁ前に進めねえだろうが」
「そ、そうかな」
「お前が俺の背中を守ってくれてるんじゃねえか、大切な兄弟をどうしてそんな風に思えるってんだ」
 俺がアニキの背中を守る。
 付いていくばかりで考えていなかった……俺がアニキを追えば、アニキの背は俺の前にあるのだと。 俺の前に敵が訪れない限り、アニキの背には俺が居るんだ。
 ……俺が、守れるんだ。
 ぽんぽんと、優しく頭を叩かれる。
 不安が消え去ると同時に体が軽くなった。こんなにも俺を変えてしまうアニキの言葉は、やっぱり凄い。
「そういえばヨーコとリーロンは?」
「近くに水辺が有るから調達に行ったぞ、あの二人も少しへばってたな」
「アニキはよく無事だね」
「そりゃあ俺様だからな!」  



 歩幅の大きさ。
 アニキは実際の歩幅も大きいが、それは世界の捉え方にも当てはまる。 視野の狭い俺がアニキと同じ世界を見るには、世界の広さを、アニキと同じ歩幅で捉える必要があるだろう。
 体の方はまだ当分追いつけないけど、俺はちゃんと、アニキと同じ世界を見ていると思う。
 それが、何よりも嬉しい。





カミナ大好きです。
頼れる所も、カリスマ性も、弱い所も全部格好良い!
そんなカミナもシモンを頼っていた〜…という話を原作で見た時は本当に燃え上がりました。

2007,07,07

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