君は何処に居る





 大グレン団のリーダーを、一般団員が目にする機会は少ない。
 ダイグレンには幹部エリアと一般エリアと呼ばれる二つの空間があり、リーダーであるシモンが 一般エリアに降りてくるなど余程の事が無い限りは存在しないのだ。
 戦闘時に先陣を切って駆けるグレンラガンを見るか、ダイグレンに流れるリーダーのアナウンスを 聞く程度にしか、存在を認識する機会は無い。それ故にシモンに憧れて入団した団員は、 数少ない接触の機会を望み、またその機会が訪れた際には常に全力でシモンという存在を受け止めていた。
 しかし、何事にも例外は有る。
 珍しく訪れた安全な時間をのんびりと過ごしていた一般団員は、 背中のマークをはためかせて歩くシモンの姿をこぞって眺めていた。

 滅多に目に出来ない、その姿。
 理想の象徴。
 強さの具現。
 憧れの対象。
 全てを纏め上げる存在。

 シモンの歩く場所には人集りが絶えず、また彼の進行方向にはまるで割れる筈の無い海が割れる様に、 綺麗に道が開いている。



「リリリリーダー!お早う御座います!!」
「ああ、お早う」
「あの……ど、どちらへ向かわれるんですか!?」
「ん、食堂」
 団員が声を掛けてくれるのは嬉しいと思うし、俺から対話をしたいとも願う。 願うのだが、急いでいる今だけは話しは別だ。済ませたい要件が有る。それも、今すぐに 解決してくれるなら有り難い。早急に終わらせたい。
 そんな焦りのせいで、一人一人への対応が内容の乏しいものになってしまった。 申し訳ないと思うが、団員の様子を見る限り満足してくれているようなので、この際気にしない事にした。
 食堂に辿り着くと勢い良くドアを開ける。
「ニアーーー!!ブータは居たかっ!?」
「駄目ですシモン。一般エリア担当料理長も今日はブタモグラの料理を作っていませんし、 仕込みもしていないそうです」
「此処も外れか……!」
 内部に設置してある養ブタモグラ所にも、ブータと思わしきブタモグラは見当たらなかった。 探すべき場所は段々と減っていくのだが、全てを探し回って見付からなかった場合を想像すると、 恐ろしい恐怖に駆られて背筋が氷る。

 ブータがダイグレンで迷子になった。

 俺の自室で寝ている筈のブータが、朝起きたら居なくなっていた。こんな事は頻繁にあったのだが、 幹部エリアで見当たらないという事態は初めてだった。一般エリアを彷徨いていたブータが、 もし食用ブタモグラと間違われてしまったら……考えても仕方がないので、兎に角行動するしかない。
「シモン、ブタモグラの調理は今日一日完全禁止にしてもらいました」
「有り難うニア……という訳で大グレン団諸君、よく聞け!この俺シモンの相棒、ブタモグラのブータが 行方不明になった……捜索協力と誤食対策を理解して欲しい!またブータを見つけた奴には、 この俺が本気で報徳する!」
 団員の手を借りる事に抵抗があったが、もう待っていられない。これで少しでも早くブータが見付かればと 願い団員に助けを請うたのだが……想像以上に効果が有りそうだ。
 食堂やその廊下に居るらしき団員達の雄叫びが轟いたのだから。
 率いるべき仲間というのは頼もしく、またその頼もしい仲間に慕われるというのは何とも嬉しい。 アニキも、俺のアニキへの信頼を……今の俺が感じるように受け取ってくれただろうか。
「シモン、私はもう少しこの辺りを探してみます。シモンはもう一度部屋を調べてみて下さい、 もしかしたら帰ってきているかもしれません」
「分かった、何から何まで済まない……ニア」
 皆に迷惑を掛けていても、ブータが自室に戻ってくれていたら、どんなに心が安まるだろう。
 食堂のドアへ向かおうと振り返った時、長い上着が運良く綺麗に音を立ててはためいた。団員達の歓声を 全身に浴び、少し恥ずかしさを感じながら見慣れない幹部エリアへのドアを開いた。
 奥へと向かうこの道を、外から進むのは久々だった。見知った道も、逆側から見れば 全く違う場所に思える。
 ブータは、ダイグレンをどんな目線で眺めていたのだろう。
「あ〜らぁシモン。あれだけ大慌てで食堂へ行ったのに、収穫無しだったんですって?残念だったわね」
 メインエリアに辿り着いた矢先、リーロンの苦笑いと共に手厚い歓迎を受けた。 焦って一般エリアに出ていきながら、すぐに帰ってきたのだから仕方がない。
「収穫は有るさ、リーロン。団員の手助けを借りたんだ」
「アナウンスすれば良かったじゃない」
「……言わないでくれよ…」
 食堂へ向かった時はただ今日のブタモグラの調理について料理長に聞きたかったのだが、 俺の意思を察したニアが、大グレン団調理主任として迅速な行動に出ていた。 彼女の背を追って歩いていくうちに団員が集まったのだから、ならば彼らに協力を仰ごうという流れになっても、 何ら不思議は無いだろう。重視するは情報収集の点であり、協力を得る事では無かった。
 と、思いたいのだが……結果だけ考えると反論など出来ない。
 自分の身勝手な行動に嫌気がする。これが戦闘時だったら、今の俺は壊滅状態だろう。
「あなたが考えも無しに行動するなんて珍しいわね」
「ブータはジーハ村からの大切な古株仲間だ……ブータが居なくなったら俺どうすれば良い……?」
「……まぁ、偶には感情に任せて暴走する事も必要よね……シモンなら得に」
 今の言葉はリーロンの気遣いだ。
 多くの仲間を引き連れる立場は思いの外束縛が多く、また巨大組織の管理や存続の為に費やす、 費用と努力と時間。確かに俺は実年齢よりも小柄な頃から、自分の存在を大グレン団に注ぎ込んできた。
「暴走してるよ、毎日。大グレン団を好き勝手に動かして遊んでる」
「まぁ、そういう事にしておきましょうか……さて、まさかとは思うけど、 一応メインエンジンの方を見てくるわね」
「有り難うリーロン」
 本当に、何処に居るんだブータ。
 俺が初めて空を見た日、ブータも初めて空を見た。あれから一緒に頑張って、 互いにここまで大きく成長したのだ……それがこんな所で途切れるだなんて、絶対に認めない。
 ロシウには怒られそうだが、今日の仕事は全て放棄しよう。
 仕事よりも、ブータの方が大切だ。
「……まだ、見付からないの?」
 後ろから声を掛けられたので振り向くと、ヨーコが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。 昔と同じように胸元の大きく空いた服は、意識するとつい目線に困ってしまう。
「なあ、ヨーコ。ブータはその…ヨーコの…む…」
「胸に入るわけないでしょ、あんなに成長したブータが!」
「今のは冗談だったんだけど…」
「……そ、そう…!嗚呼もう、シモンの冗談は分かりにくいわよ」
「ごめん」
 見付からない。
 一緒にラガンにも乗る仲間が。
 大切な、故郷の友が。
 怖い。

「シモンさん、元気出して下さいよ……ほら」

 両手で重そうに丸い物体を持つロシウが俺の前に来ると、抱えた荷物をドスンと俺の肩に乗せた。
 茶色くて、暖かくて、見覚えの有る特徴的な尻。
「ブキィー!」
「ブッ……ブータっ!!」
 ブタモグラとは違う、声も顔も体も、確かにブータだった。たった数時間会えなかっただけだというのに、 数年ぶりの再開に似た驚きと安堵の感情に身を任せ、俺はブータを思い切り抱きしめた。
「ロシウ!ロシウが見つけてくれたのかっ!?」
「団員の私物の鉢植えを漁っていた所を捕まえました、どうしてもこの植物が欲しかったみたいですね」
 ブータの口からは、草とも花とも分からぬ植物が顔を覗かせていた。それをブータから取るには本人の反感と抵抗を 買うだろうと覚悟するも、すんなりと口から俺の手へと渡る。
 ブータの用意した、一房の植物。
 ハッとする。
 これは、贈り物だと。
 用意する目的も、送るべき理由も……分かった。
「所でシモンさん……ブータを見つけた者には報徳すると言ったそうですね」
「嗚呼、言った!」
 俺はロシウの片手を両手で包み込むように掴んだ。妙に手が緊張しているみたいだったが、 いちいち気にしていられない。
 ブータを見つけてくれた。
 大げさだがもう二度と会えないかと本気で思い、本気で気を落としていた矢先…… 大切な友を見つけ、連れてきてくれた。
「……ロシウ」
 こんなにも、恐ろしい想いをしたのは久々だった。
 その恐怖を取り去ってくれて……。
「……有り難う、愛してる!!」
「シシシシモンさんっ!」
 あまりにも嬉しくて目尻に涙が堪っていたらしく、言うと同時に片目から零れ落ちた。 リーダーらしからぬ反応にロシウも呆れているのか、その場で片膝を付き鼻の辺りを抑えて動かない。
「ねぇ、シモン。ロシウ相手に愛を本気で語るのは…ちょっと彼にも辛いんじゃ…」
「あ……考えて無かった。俺、今素で言ってた」
「ほっ、本心の言葉ですかっ!!」
 真っ赤になったロシウは「少し頭を冷やしてきます」と言って出ていった。ふらふらと左右に 揺れていたが、大グレン団の副リーダーだ……問題無いだろう。
「シモン、誰彼構わず愛を振りまくのは…止めた方が良いんじゃ」
 取り合えず、ヨーコの言葉は聞こえないフリをした。
「さてブータ、今の内に済ませようか」
「ブキィ!」
「え、何?何かするの?」
 ブータから受け取った植物を、俺は天上へ向かって軽く突き上げた。
「ヨーコ……今日は何の日でしょう」
「記念日?さぁ、誰かの誕生日では無い筈だけど……」
「まぁ、記念日だよ」
「え、嘘。何のよっ!?」
 やはり、ヨーコは意識していなかったらしい。まぁ、ここまで念入りに日付を数えているのも、 俺ぐらいのものだろう。いや……ブータも覚えていたのだから、この記念日に固執するのは、 俺ばかりでは無いんだった。

「俺とブータが、初めて空を見た日」

 あ。
 小さなヨーコの声を合図に、ブータは重い体を持ち上げて俺の頭の上へとのし掛かった。 正直今のブータは抱え上げる事さえ困難だが、今だけはこうしていたい。
「俺とブータが初めて空を見た時、ヨーコは初めて名前を教えてくれたんだよな」
「……ブータがまだ小さくて、シモンの肩や頭の上に居たのよね」
「ブキィー!」
「へぇ……覚えてたんだ、シモン」
「忘れた事なんて無いさ、この日の事を」
 去年は戦闘中で、それどころでは無かった。一昨年は、壊れたグレンや仲間ガンメンの修理に追われていた。 その前は書類仕事が、その前も戦闘中……祝う暇なんて無かったんだ。
「おめでとう」
 ヨーコの泣きそうな祝福の言葉が、静かな此の場所に響く。
「大グレン団の、始まりの日でもあるのよね」
「……俺達から始まったんだ」
 三人と一匹から始まった、小さな組織。
 今では……なくてはならない、大きな組織。
「ヨーコもブータも、これからも宜しく」
「当然よ」
「ブィ!」



 その後ブータの漁った植物の持ち主を本当のブータ発見者とし、シモンはその団員へ厚い報徳をした。
 リーダーの手助けをすれば本人が直々にその感謝の意を示してくれる、という事実を実感した団員の 志気は急上昇し、大グレン団の戦力が飛躍的に上がったという。





カミナが居ない今、ジーハ村出身の主要登場人物はシモンとブータ(主要!?)だけだなぁと思いましたので…。 それってブータの立場の重要性が上がるんじゃないかなぁと思いましたので!


2007,07,09


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