コアドリルの一撃





「シモンは凄いのです!コアドリル一つでとても大きな技が使えるのです!」
「おぉおぉ、すげえすげぇ。シモンすげえじゃねえか!」
「キタン信じてないだろ」
 王都・テッペリン落城から数週間後。
 ボロボロになった仲間のガンメンやグレンラガン、シモンやロシウの体調が回復に向かっている間、 格好の題材となった話はシモンと螺旋王との一騎打ちだ。
「しかしシモン、やったじゃねえか!流石は俺の認めた大グレン団リーダーだぜ!」
「ははっ、有り難う!でもそれ言われるのもう数回目だよ」
「あの、あの!キタンさんは信じていないのですか!?」
 シモンとロージェノムの戦闘時は映像も音声も届ねえ受ねえっつう状態で、 また助けに行こうにもこの場から離れるだけで手一杯 ……各自がそんな窮地に立たされちまっていた。
 その場に居合わせた者にしか、その事実を理解する事なんざ出来やしねえ。 だからシモンの最後の一撃は、余りにも突拍子すぎて信じる仲間も少なかった。
 俺のように。
「ニアが言ってるなら、本当なんでしょう」
「俺だってニアちゃんの話は信じたいさ。でもよヨーコ、そんな技今まで使った事さえねえだろう? 何かの見間違いかもしれねえじゃねえか」
「本当ですっ!見間違いでは有りません!」
「そ、そうかニアちゃん。あー…シモンは凄いなぁ!」
 ニアちゃんの言葉を信じねえ訳じゃあねえ。
 シモンの力を疑う訳でもねえ。
 ……ただ。
 俺が支えてやるべき、そして手助けしてやるべき存在が……俺を遙かに上回る実力を発揮したと いうのが寂しかった。
 グレンラガンの行動をモニター越しに見る限り、ガンメンの操縦でシモンの右に出る奴はいねえ。 俺も、適わねえだろう……それは認める。 だからこそ、生身ではまだ俺の方が上だと……カミナが頼ったこの男に、 シモンに、頼られるべき男が俺なんだと思っていたかった。
「信じて下さいっ!……あ!」
「……う、ぉ…っ!!」
 興奮して話していたニアの片目から、一粒の涙が流れた。女の子に泣かれるだけでも焦るというのに、 それがニアちゃんなんとくれば尚更だ。
「ニア!……キタン、女の子泣かせるなんてどういう神経してるのよ!」
「そそそそそんなつもりはねえんだっ!二、ニアちゃん?信じるから、信じるからその…本当にすまねえ!」
 ニアちゃんの涙とヨーコの罵声の板挟みを感じて居心地が悪い、こっちまで泣きたくなっちまう。
「シモンは、シモンは凄いのです……」
 ニアちゃんにとってシモンの存在は、他者よりも特別な場所に居るんだろうな。そんな位置のシモンに対して 俺が否定的な意思を持つのが、きっと何よりも辛いんだ。
 でも、シモンのその位置を簡単に許したら……俺の立場はどうなっちまう。
 俺は、シモンに頼られる男ではない。そういう事になるだろう。
 じゃり、っと。
 歩く音がする。
 シモンだ。
 俺はシモンの顔を見て思わず絶句した。
 ニアちゃんにとってシモンは特別な存在だろう、そんな事ぁ見れば分かる。だがシモンにとってもニアちゃんは 特別なんだという事を忘れていた。
「なあキタン」
 にこやかに、だが目だけは笑っていない恐ろしい形相でコアドリルを握りしめながら近づいてきた。
 シモンがかなり、キレてやがる。
 妹達よりも年下であるこの小さな男に、背筋の氷る恐怖を感じて動けなくなっちまった。
 それはニア以外の皆も同じらしい。 標的でないヨーコ、また俺達の会話を背景音として作業をしていたリーロンや ダヤッカ、その辺りで遊んでいたギミーとダリーの二人まで、硬直しながらこっちを見つめていやがる。
 視線をシモンに向けて、真顔で固まってやがる。
「此処に一つのコアドリルがあります」
 丁寧な言葉遣いが恐怖心をさらに駆り立てる。
「そして此処に岩があります」
 ここはダイグレンの外だ、大岩がゴロゴロと転がっている。
 如何にも堅そうな、巨大な岩が。
「よく見ててくれ」
 コアドリルを強く握りしめたと思ったら、シモンは勢い良く岩肌へとそれを突き立てた。
 刺さっている。
 コアドリルが、深々と岩肌に刺さっている。それだけでも凄いというのに、本番はどうやらこれかららしい。
 何をするのか分からねえ。
 それが、最大の恐怖だった。
 自然と……視線がシモンの手元に行っちまう。その小さくて強い手で、一体何をするというのか。
「いくよ」
 手元から緑の光がちかちかと輝いたと思ったら、それは火花のような巨大な光となり、気が付いた時には岩は 爆音と共に煙りで隠れていた。
 何が起こったのか、全く分からねえ。
 煙が風で流れ飛ぶと、初めてその様子を理解した。
 岩を貫いた光の後が……岩肌に生々しく刻み込まれていた。綺麗な円を描いた穴は、岩の向こうの景色を 綺麗に浮かべていやがる。

 何という、破壊力。

「俺……今、ちょっと腹が立ってるんだ。こんな気持ちは初めてだよ」
 手に持つコアドリルがまだ光を纏っている所を見ると、まだ今の荒技を使えるっつう事だろう。
 ロージェノムに、決定的な一撃を与えた技。
 あんなものをくらって。
 生きていられる訳がねえ。
「キタン」
「おおっおっ、おう!!」
 声が震えた上に、裏返っちまった。この俺とした事が格好の悪い対応だが、この際気にしてなんざいられねえ。
「あんまりニアをからかわないで」
 からかっていたと思われていたのか。
「ニアちゃん」
「はい、キタンさん」
「シモンの凄さは、よく……分かったぜ」
「それは良かったです!」
 一点して笑顔を見せたニアに続き、緊迫した雰囲気を出していたシモンも普段通りの様子に戻った。
 俺も安堵で気が抜ける。
 目の前には、シモン。
 この細腕で、小さな体で。
 あれだけの事をやってのけた。

 凄い、で……済ませられる格じゃねえ。

「お前は本当に……凄いな」
 シモンの真っ直ぐな目が俺を射抜く。
「手が…届かなくなりそうだ」
 支えるべき筈の存在は、俺の手を不要としているんじゃないだろうか。
「キタン」
「あ?何だよ」
「あの時、俺に行ってくれたよね……『行け』って」
「ん、あ……ああ」
「キタンが居たから、螺旋王の……ロージェノムの所まで行けたんだ」
 コイツは、俺の心を見透かしていやがる。
「キタンが居なかったら、信じて任せられる仲間が居なかったら……俺はあそこに、辿り着けなかった」
「……そうか」
 自分で言うのも何だが、確かに俺達が居なけりゃ、グレンラガンは螺旋王の所へは行けなかっただろう。 謙遜では無く、事実をこうも明瞭に口にするシモンはやっぱり大物だ。
「キタン、俺は一人じゃ何も出来ない。だから……支えて欲しいんだ」
 支える。
 俺は、まだ……シモンを支えられる。
「お、おう!任せとけ!!」
 支えられない時は俺が不甲斐ないからだろう、ならばそう成らないよう今から自分を鍛えればいい。ずっと シモンを支えていられるように、シモンが思う道を進めるように……俺が強くなれば良い。
「嗚呼何だ、簡単な事じゃねえかよ」
 俺はシモンの事を、何も分かっちゃいなかった。
 シモンは俺の事を分かってくれているというのに、俺は自分の事ばかり考えていた。情けねえ。
「俺の全てを掛けて、お前を支えてやる!」
 大グレン団を、こんなにも頼り甲斐の有る男が率いている。
 その男を、この俺が支えてやろう。
 こいつになら、任せられる。
 大切な妹達も、この俺自身も。
 シモンへ向ける信頼も、絶対無駄になんざならねえ。
 確信出来る。
「シモン、俺はお前に心底惚れた!」
 支えてやるさ。
 この俺が。

 俺の全てを、生涯を掛けて。



 その後、大グレン団の団員が独自で作り上げた規則が広まった。
 一,ニアを泣かせない
 二,シモンを怒らせない
 破った者には螺旋王と同様の結末が訪れるという。





黒の兄弟よりも大グレン団を押した所を見て、キタンはこの瞬間に 大グレン団にとって重要な位置に就いたんじゃないかと思います。
あとシモンはニアを「情けない姿を何度となく見せておきながらも、 信頼して支えてくれた大切な恩人」として特別視していると良いなぁと思います。

2007,07,09

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