無条件の信頼





 俺はシモンを地上に連れ出した事を後悔しちゃいねえ。
 まぁアイツは地上に出た直後に地下へ帰ろうとしたが、それだって未知の世界を目の当たりにしたからだろう。 人間、初めて挑もうとする事柄や経験の無い事態にゃあ恐怖心を抱くもんだ。当たり前だろう、今後どうなるかが 分からねえんだから。経験が無きゃあ予想が出来ねえ、予想が出来なきゃあ未来が分からねえ……だから怖くなる。
 俺だって初めての時は怖かったさ。
 だがそれ以上に、この空に魅せられた。
「なぁ、シモン。どうだ地上は?」
「ん?アニキの言ってた通り、本当に……魅力的な所だよ!!」
 シモンの地上に対する恐怖は払拭された。
 経験を積んだからだろうな。
 地上について有る程度の知識と経験を積んだ今は、恐怖以上に探求心が募る。 ここ最近のシモンは、リーロンやヨーコに天候という存在を聞いては、目を輝かせてていやがる。
 最初は随分怖がっていたというのに、受け入れと飲み込みが早い。
 限られた空間、限られた行動、 限られた思想しか持てなかった地下に居続けたら、シモンの探求心は存分に発揮出来なかっただろう。
 正に、地上を行くに相応しい。
「流石は俺の弟分だ!」
「あははっ!」
 そして……何て、頼りになる。



 休憩中に一人で水辺から帰ってきたら、ヨーコとシモンが何やら賑やかに騒いでいた。 こんな面白そうな話に首を出さないではいなれねえ。早速声を掛けようと思った所で、聞 こえてきた声に耳を疑う。
「ねぇ、シモン御願い!一回だけ!」
「いくらヨーコでも、そんなの嫌だよ!」
「御願い〜っ!一回『ニャーっ!』って言ってくれるだけで言いから!」
 確か地上には「ニャー」と叫ぶ動物が居たと思うから、ヨーコはその動物の真似をシモンに頼んでいる訳だ。 俺も動物を真似るシモンにゃあ興味があった。
「どうしても駄目?」
「だ、駄目……」
「うーん、残念。まぁ良いわ、何時かやってくれるって信じてるから」
「そういうのは信じないでよ…!」
 俺としても見れないのは残念だが……まあ、顔を真っ赤にして恥ずかしがるシモンが可愛いか ら、満足しておこう。
「あれ、カミナじゃない」
「アアアアアアニキッ!?」
「よぉ!お前ら何してんだ?」
 ヨーコが俺に気が付いた瞬間、シモンが手を上下に動かして言葉を選び始めた……が、 どうにも纏まらないらしい。泣きそうになった弟分の頭を 撫でると、少し落ち着いてくれた。
「アニキ……何処から聞いてた?」
「ヨーコが俺を呼んだ辺りだな」
 済まねえシモン、これは嘘じゃあねえ……お前を安心させる為の言葉だ。
「そういえばカミナ、何処か行くって言ってなかった?もう行ったの?」
「まだだ、これからちょっくら出掛けてくるわ」
 数分前に水辺に行くと告げて実際に行ってきたんだが、真っ赤になるシモンを見ていたら、 らしくもなくどうすれば良いか分からなくなっちまった。
「あ、俺も行くよアニキっ!」
「おう、んじゃあ行くか!」
 まぁ水辺まで散歩すると思えば良いだろう……俺の頭も醒めるかもしれねえ。 歩き始めると、背中を付いてくる小さな影の音が聞こえる。
 シモンの足音は、俺と比べて随分と軽い。
 ペースを合わせようと歩幅を調節すると、 追いついたシモンが斜め後ろから覗き込む様に見て、俺に笑顔を向ける。 今まではそんな様子を弟分として可愛いと思っていたが、最近は若干違う。

 純粋に可愛いんだ。

「……失格だな」
「何で?アニキは誰よりもアニキだよ」
「うぉあ!聞いてたのかよっ!?」
「え……う、うん。アニキの声は大きいから」
 参った。
 そんなにも大きな声だったとは。しかも中途半端な言葉から、俺の言いたい事を理解しちまった。 魂の兄弟は伊達じゃねえ。
 真っ直ぐに見据える、純粋な目。
 こうして慕ってくれるだけで、俺は簡単に舞い上がっちまう……何時から俺は変になっちまったんだ。
「なぁ、シモン。お前、俺の後付いて不安にならねえか?」
 俺は恐怖なんざ感じねえ、あるのは探求心だ。
 だがシモンは違う。見知らぬ事には慎重になって、そして存在を理解した後に探求を始める。 俺の後を付けば、シモンにとっては恐怖の地へと赴くかもしれねえというのに。
「アニキだから大丈夫」
 信頼。
「アニキと一緒なら、どんな事も大丈夫だよ」
 信頼を受ければ受ける程、俺は自分が制御出来なくなる気がして。
 怖え。
「なあ、シモン」
「何アニキ?」
「ニャー!って、言ってみてくれねえ?動物の真似でよ」
「えぇえええっぇえええ!?!」
 俺自身が落ち着くまで、そんなにも信頼を示さないでくれ。 地上に出たばかりの頃の様な、しっかりした俺が戻ってくるまで……少し、信頼を抑えてくれ。
「ななな何で!?」
 断って、俺を冷静にさせてくれ。
「んー…何となく」
 断ってくれりゃあ、俺は少し、俺に戻れる気がする。
 だからシモン。
 断ってくれ。

「に、ニャーーーーーッ!」

 それは、真似事。
 俺が頼んだ、動物の真似。
 ヨーコの頼みは断ったというのに。
 俺の。
 願いは。
 聞いてくれた。
「だ、誰にも言わない……で、ね…っ!」
 可愛い。
 だが、そんな単純な言葉では今のシモンは表現仕切れねえ。
 俺はシモンの信頼を全面に受け、無条件にシモンに慕われている。この、真っ赤 に顔を染める弟分の信頼を。ヨーコには無い、俺のこの、慕われようを。
 何という、至福。
 嗚呼……俺はもう帰ってこれねえ。
 体の芯から熱が籠もるのが分かる、こんな気持ちは初めてだ。こんなに嬉しくて、こんなにも 優越感を感じて、こんなにも恍惚感に満たされた事なんざねえ。空を見た瞬間でさえ、今 の感情との比較行為なんざ無意味。
「おう、可愛いじゃねえかシモーン!」
「あっ……アニキィィイイ!!」
 抑えられるだろうか。
 なあシモン。

 俺はお前が好きだんだわ。

 気を付けよう。
 大好きだ、と……口にしねえように。
 隠すんだ。

 嗚呼。





カミナはシモンから得る無条件の信頼を、誇りに思っていてくれたらなぁと思います。 あとこの頃のヨーコは、シモンを「守る対象」として見ていると良いなぁ。

2007,07,12

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